すべてがVになる 漫画家がVtuberになる理由 

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友人達のとある雑談中に、誰かがこんな事を言った。

「漫画家で売れてるのにVtuberになるのは自己顕示欲が高すぎだろ(笑)」

私はその言葉が喉の奥に小骨が引っかかったような気持ちになっていた。

言われてみれば、漫画家が自身の血と汗の結晶である漫画という創作物を披露するだけに留まらずに、自身までをVtuber化する必要があるのだろうか?

売れてない漫画家ならまだしも、知名度がありたくさんの読者までもいてフォロワーも多い漫画家がVtuberになるのは、本当に”自己顕示欲の強さ”からなのだろうか?

今回はその謎を紐解こうと思います。

『DWU』というVtuberを知っていますか?DeepWeb Underground(ディープウェブ・アンダーグラウンド)略してDWUという彼女は、その名の通り、アングラ系Vtuberとして一躍名を売りました。イスラム国に参加志願した北大生にインタビューする、漫画村を燃やすと宣言する、などインターネットサブカルチャーの中に切り込むスタイルは一線を画していて、Vtuber黎明期に人気を博しました。

後に、DWUは運営との軋轢により、独立することになります。詳しい話は省きますが、簡単に言うと運営者にやる気がなかったのが原因だと思われます。

彼女は個人系Vtuberではありながら、後ろには運営者がいて、アングラ系の人脈を引っ張ってこれたのも、所謂ギークハウス系のネットオタク達が後ろにいたからこその企画力があったわけです。

彼女が怒る理由はまっとうで、運営者のスケジュール管理やら体制はかなりいい加減で、真面目にVtuberとして生計を立てたい演者である彼女と、ダラダラと楽しく遊びでやりたいギークハウスの住民の運営者達とでは、ウマが合わなかったんだと思います。

しかし、これだけだと、バンドが音楽性の違いという理由で解散するのと同じような話で、よくある揉め事に思えます。

私はこれは本質的には違うと思っています。

何故か。それは運営者の側が対談時にボイスチェンジャーを使ってるんですね。

もし、自分の身元を明かしたくないから、という理由でボイスチェンジャー使うのはわかるんですが、それならば、こんな女性のような声を使う必要はなかったと思うんです。

運営者側は、今の現状のVtuberに対しても不満を持っているみたいで、大手の企業Vtuberの内文書をバラしたりしてるんですよね。

DWUの中身、演者の女性は、極めて普通の女性であって、そもそも彼女がこのギークハウス系コミュニティーに抜擢された理由というのも彼女が女性の声を持っていたから、という理由が一番なんだと思うんです。身も蓋もない話ですが。

できることならば、この運営者のオタク達は自身がDWUを演じて、自分そのものがVtuberになってしまえば、自分のやりたいVtuberそのものが出来るのだから、それが理想形だったはずなんです。

皮肉な話、Vtuberは人間が二次元の美少女や美少年になるための拡張ツールですが、それにはまだ技術的な壁があり、肉体もしくは性別といった、その人が最初から持ったも身体に依存したモノなのです。

話は戻ります、何故漫画家がVtuberになるんでしょうか。それは漫画のキャラクターや物語に自身を投影することよりも、自身が漫画のキャラクターになって多くの人間に好かれることの方が、私達が本当にほしいものだからです。

全てのクリエイターは二次元キャラクターのなりそこないと言ってもいいかもしれません。漫画家は自分が生み出したキャラクターが愛されることで満たされるものは勿論あると思いますが、作家そのものが満たされるわけではないからです。

Vtuberにコンテンツはない。Vtuberにあるのは日常で、何気ない会話で、生きる私達そのものなのです。

私達は日常系漫画を愛してきたが、このメタバースの時代には、私達そのものが日常系漫画のキャラクターになれるのです。

きらら系漫画や日常系漫画のブームは私達自身がアニメキャラクターそのものになることにより乗り越えられたのです。