この世をば 更一が世と思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば

文字数: 1299

 

 「幸運」に恵まれているかもしれない。

 恐ろしいことに天井を見上げている赤ちゃんの頃から何も成長していない。

 

 勘違いが勘違いを生み、その勘違いが更に勘違いを生む。

 自分が何も努力をしなくても、他が優れていないから、他が代わりに努力をしてくれて、レバレッジが歳を取れば取るほど手に入れてしまう。

 未来の成功やリスクヘッジ、そして確定された早死の失敗がここまで言語化されて見えて見える見えている!自分の思う通りに自分の成功も失敗も全てが見える!見えている!確信している。

 俺は神の代弁者だ。

 

 人生の最大の苦境は、岡田斗司夫と同じ一回きりだ。

 死に対するリアリティ。

そのものだ。

 その死に対する対決、例えば、心臓病だったり精神疾患だったりを幼少期に済ませて、つまり人生は二週目ということになる。

 つまり、岡田斗司夫も俺も人生が二週目だから「生」から脱却して俯瞰的に物事を見れる。

 きっと藤原道長もそうだろう。

 が、大半の人間は死と対決する不幸を先に味わずに、生にしがみついてしまう。

だから、後からの幸福を得ることができない。

 俺は何も努力していないにも関わらず、米軍が支配する前に支配していた父母の優秀な遺伝子に恵まれて、学歴も経歴も金銭も俺の代わりがどんどん現れてきて、それは東浩紀や落合陽一も同じで俺の代わりに優秀なアイデアをどんどんと考えてくれて、

波長を合わせる力さえあれば、

この世の全ての人間にリンクすることができる。

 あとは、

物理法則だけだ。

 存在と時間が進んで進んで、スタンド使いとスタンド使いが惹かれ合うように、勝手にあっちから何も努力していないくても、俺よりも強力なカード群があっちから願い下げてやってくる。

 欲望が果てもないほどないからこそ、これは分かる。

 時間と人材、空間が勝手に俺へあっちからやって来て、力の強度を上げていく。

 神や運に愛されているかどうかが重要で、いかに神や運に愛されていない不幸すらも利用するかだ。

 未来の新たな帝王として君臨するための、カードはあちらからやってくる。

王になりたくなくても、王座に座るように周りから持ち上げられてしまう。

 むしろいかに気持ちよく王座に座るかが重要で、王座そのものは意味はない。

努力は必要ない。

カードをどう切るか?

そして、

確定された死すらもどう愉しむか?

である。

〜この世をば 我が世と思ふ 望月の 欠けたるところも なしと思えば〜

 

 

時間と空間を皆に共有する私は、宗教を超えた天国=地獄そのものだ!

 サボっていたら、すべてが1年で激的に変化した!

 この決まりきった流れはもう止まらない!

止まらない!