鬱病キャラほど努力に依存してる。

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  毎日が幸福すぎるから自傷行為にはしるが、むしろ不幸な人々は防衛的で努力のしすぎが不幸な気がする。文脈の奴隷。

 成功や失敗はあんま意味がない気がする。

 なぜなら、コロナ禍や大学受験、就活、政治、どれも馬鹿な大衆が犯してくるからだ。

 逆に言えば、苦労するのは拡散数よりも自由をどれだけ手に入れるかだと思う。

 つまり、ひろゆきが無能と言って潰されないことが重要だと思う。

 大学受験も就活もそこで完全に気持ちよくなるは本末転倒だ。

 だから、逆に言えば、毎日が幸福とも言える。

 不幸な人は自分のキャラにあった人生設計ができなかったり、曖昧すぎて、努力の使い道のリソースのやり方がおかしい、浅い気がする。

 ぶっちゃけ僕は今日も毎日が幸福すぎて、腹が減るや仕事のストレス度が少し増える、つまりapexで負けた!ぐらいしかストレスはなく、仮にストレスがあっても、無能な外圧たちしか思いつかない。

 受験で勝ったから、幸福、お金があるから、幸福は、めちゃくちゃヤバい発想だと昔から思っている。

 成功するな、じゃなく、コロナ禍と同じ外圧は自分の幸福とは直接関係なくあくまで多少は合わせるというところまでは努力すべきで、努力していることに酔ったらおしまいだ。

 そう。努力は手段にすぎない。

 他意はないけど、才能がない人々ほど努力しまくる気もする。

 たとえば、坂口章(清水はる)はSHOWROOM時代から面白いし、正直、ニコ生やTwitterのエッセイの方が面白い。

 だから、彼は努力したか?というと一生に渡り、努力していないとも言える。

 たまたま環境が当たったけど、当たった不謹慎はパクリだし、一番おもしろいことじゃない。

 もちろん継続は努力かもしれないが、それはあくまでマーケティングの発想だ。

 あくまで素の最大幸福をまず前提にした上で時代に合わせるという。

 悪い意味でオタクの方々はこれが苦手だ。

 オタクは消費者なので、マーケティングから脱げ出せない右翼性がある。

 だから、悪い意味で過去の歴史に埋没する。勝ちたがりだから。

 むしろ私やはるのように前のキャラを捨てて、瞬間瞬間はスベッているほうが実は後からつながるし、自己の最大幸福なので、本人としては毎回満足だ。

 やはり

人生は面白い。

 努力は大事だが、あくまで手段にすぎない。