ぼくのオリンピック

文字数: 4918

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2021年9月5日 15:29

萩野公介の死について少し考えてみる。この話題はツイッターやらテレビやらでも散々擦られているし、なんなら話題が落ち着いてきた頃と言っていい。しかも、あろうことか私はYouTuberであるのに、一切何も発信していないのである。

さて、あなたのオリンピックはどうだっただろうか。私は実は家にテレビがないので、ネットニュースが明るくなったな、程度の印象だった。ロンドンとその後辺りでは四六時中TVにかじりついたはずの競泳の結果すら、そんなに追わなかった。まあ友人の宅で観戦しながら飲んだ日などは楽しかったが。友人は国立競技場まで行ってスト缶を飲んだらしいが、そこまでするか…(笑)。

世間もそんなに変わらず、といった具合である。なんだかコロナに対する当たりは強くなった感じがしてきて、私も電車でマスクを着けるようになった程である、、(この前友人に指摘されて気づいた)。

今日、あるツイートを見た。

「男だって同じだろうみたいなので埋まっているけれど、お金があれば美味しいものを自分が払って分かち合いたいし、車を買えば一緒に出かけて分かち合いたいし、服は自分も好きだけど、自分の分だけ買わずに相方の分も買って一緒にオシャレしたいなあと私は思うんですけどね。」

うまくは言えないが、この文章のような価値観がもっと大事にされていい、気がする。友達との割り勘を1円単位ですることにいつももやもやしていたのは私だけではないはずである。ところが最近はホームパーティーが増えたおかげで、そのようなことを気にすることもなくなってきた。割り勘をしないでうまく支払いを回す方法について私は色々と考えてきたが、このように解決されるのだな、なるほどと思った次第である。

次に、池江さんの今日のツイートについて。

「皆さんお久しぶりです。いつも応援ありがとうございます。
公介さんのことについて、今も気持ちの整理がついていない状態ですが、世間の皆さんが言われるような事実は全くありません。
これからもパリ五輪に向けて練習を頑張っていきますので、どうか温かい目で見守ってください。」

12.1万件のいいね!がついていた。きっと私が想像するよりも遥かに悩んでおられるのだろう。池江さんも自分の病気のことでも相当頭を抱えておられるだろうに、このような時代の流れでいわば「祀り上げられて」、どんな気持ちか想像するだけでも失礼である。

しかし、このようなことになってしまったのは事実でしかない。池江璃花子がこの日本をもう一度明るく照らしてくれる太陽になるまで、私もこの文章を書くことで萩野公介と向き合っていきたいと考えている。特に現在の世情に対しては不安だらけなのであるが、この中で自分ができることを探していきたい。皆様、しばしの間お付き合いをよろしくお願い致します

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2021年9月8日 04:27

繋がらぬ いくら願えど 神の道

地方に移住する人は、いつか時が来たら新たなこの地に戻ってくるのだ。東京は2021年の姿のまま保存されるのではないか。そして1964年の輝きが外観をそのままに深みを増す。東京オリンピックの200m個人メドレーで銀メダルを獲得した萩野公介の会見。リオデジャネイロで金メダルをとった400m個人メドレーから5年も経ったのである。

例えば東京に爆弾がひとつ落ちたらどうなるだろうか。

東京都民が当たり前にインターネットにアクセスできた時代が幻想と知る。なにせこの空中をプンプン飛んでいるというイメージによってインターネット、及びネット上のあらゆる地平は成り立っており、一旦地下のインフラが破壊されるとそこには何も残らない。

医師は人の命に直接関わることを行う。しかしながら実際に国民の生命を維持するのは田舎から食物を運ぶ高速道路であり、建物内を清潔に保つ掃除のおばちゃんなのだ。

ところで、今日楽天モバイルのsimが急に家で繋がらなくなった。1日約7GBを使う私にとってインターネット回線ほど重要なものはない。したがってこういったトラブルに対しなすすべのない私は神頼みをするか、時間が解決してくれることを期待するしかなかった。

私は田舎で独り暮らす認知症の祖母を思った。似たような高齢者は日本にたくさんいるのであって、多くの50-60代が日々悩まされている。昔は姥捨山があったが同時に子供の就学義務もなかった。神様がいないのに、祈る宛もないのだが。

前回この日記を書いたときから日があいて、こちらも着々と準備が進んできた実感がある。まだまだ生活ができるレベルにはないが、なんとなく方向性がはっきりしてきたように思う。相変わらず毎日遊んでばかり寝てばかりだが、日々を生きている。元気にやってます

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2021年9月10日 02:24

中高生の頃、スマホを持っていなかった私は電子辞書で暇さえあればひたすら切腹した歴史上の人物を調べていた。その中でもかなり共感というか、印象に残るのは北条氏政だ。

後北条氏は豊臣秀吉の天下統一事業の最終章ということで有名であったが、歴史として語られると残念ながら彼のパーソナリティは無視されてしまう。

彼の享年は53歳だ。元服をするティーンエージャーの時に習った切腹の作法を披露する、たった一回の舞台だ。色々な思いがあるに違いない。しかし逃げられなかったのは間違いない。それは単なる生活水準の問題などではなく、彼の肥大した人生を回収できなくなるからだ。

命じられた切腹を実際に行動に移す人がそこそこいることが長らく疑問だった。徳川家康の長男の松平信康などが代表だ。しかし考えてみれば、鬱病の人の台詞にある「死んだほうが楽」というのはすべての人に当てはまると気づく。早いか、遅いかだけで人はいずれ死ぬと思うのだ。

私は萩野公介が「世論を動かすために」自殺したとは全く思わない。もちろん0%ではない。たぶん彼にとっての全てがピッタリ重なった、というだけのことなのだろう。

今日たまたま見かけた、野上房忠の辞世の句。彼は陶晴賢の忠臣である。

生死を断じ去って 寂寞として声なし 法海風潔く 真如月明らかなり

漢詩という珍しいパターンだが、とても美しいと思った。彼は主君亡き後、主君の幼い孫を刺した直後に自害した。

遺族の方や、私と同じようにショックを受けている方の前では言いづらいことではある。何を隠そう私は萩野公介に憧れ、中学高校と背泳ぎに青春のすべてを捧げた1人なのである。四六時中水泳のビデオを見、水中の腕の軌跡を考え続け、そして儚い引退を迎えたあの季節は帰ってこない。

だからこそ、あえて一言言わせてほしい。彼が池江璃花子に何も言わず去った?

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2021年9月15日 13:45

残暑。冷房。夜風の匂い -宗教的に悪いことをした。もやもやした気分を冷房は吹き飛ばしてはくれなかったが、代わりに私の脳みそを幼少期までスリップさせてくれたようだ。

小学生の頃の記憶で残っているのは車の中くらいしかない。毎年2~3回、富士山の近くにある祖父母の家まで母親が車で連れて行ってくれた。当時は特に何も思わなかったのだが、そこで発生する移動というイベント、それ自体が心の中に印象を残した。そしてその印象は80年代の洋楽とともに、じゅわっと味わうことができる。

今年の夏はどうだっただろうか。なんといっても2021年は東京オリンピックの年ではあった。しかも開催の直前、7月になっても開催賛否の有耶無耶なままただ議論が浪費されていた。この間の選手たちは一体どのようなモチベーションで練習に励んでいたのだろうか。存在するかどうか不明、かつ自分の努力など全く関係なく、しかも浅ましいとさえ言えてしまうような世論。これによって容易に開催が左右されてしまうような状況であった。

個人的に今年のオリンピックの開催というのはオリンピック自体や、グローバリズム、リベラリズム等現代の価値観にとって重要な意味があった点に非常に興味がある。諸外国ではあまりそうでもないが、特に開催国であった日本ではマスクによる感染対策が非常に重要視されている。未だに電車の中でマスクをしていない人は稀だし、ショッピングモールの中や商店街はもちろんのこと、車の運転手でさえ半分以上がマスクをつけているのだ。

それに比べて、オリンピック競技ではどうだっただろうか。個人としては柔道、マラソン、バレーボールが特に気になった(マラソンの実況では「先頭集団」ではなく「先頭グループ」という言葉を使っていた)。またTVは国際映像以外にも様々な種類の映像を用いていたが、これは海外の諸外国含めたくさんの報道陣の存在を示唆しており少々不快だった。あとはトランスジェンダーの女性や大坂なおみさん。以上のような理由から私はあまりオリンピックをTVで楽しむことはしなかった。

本質的な問題があるとすれば、それはコロナではない。他者に寛容であろうとすることは貴いが、他者に寛容であることにはなんの価値もなかったのだ。

それでは私がこの夏何をしていたか。答え。働いていた。大学に追い出された形となった私だが、ご縁があって大きな組織で働く場を頂けた。大学に通っている間、本気で取り組めない水泳と全く面白くない授業、将来への不安が募るばかりで具体的にするべきことがわからず何もできないでいた毎日。結局大学生活の4年間を振り返ると、二日酔いの朝くらいしか記憶が残っていない。これは幼少期と同じで、泥酔というエデンの園への往復の道なのだ。

オリンピックの直前から働き始めた。仕事は多く、プライベートは考えなくて済むほど充実していたと思う。ただ、オリンピックの期間は大学時代の友人とTVを見ながら過ごすことも少なくなかった。

美人とセックスをした。友人と数日海辺で過ごした時のことである。色んな話を聞いた。でもセックスの内容を何故か覚えていない。終わったあと、彼女は泣いていた。理由は彼女にも分かっていないようだった。冷房がやけに気持ちいいので、暑いから気持ちがいいのかな?と聞いてみた。私はその時、扇風機を浴びて遊戯王をしてたら日が暮れた、高校生のあの退廃的な夏の家の中をひたすらに想像して感傷的になっていたようなのである。

退廃的な夏。春はあけぼの。ではないが、清少納言くらい婉曲的な表現を使わないと本当の情報はつたわらないよな、などと考えながら筆を置く。登録者144人のユーチューバの処女作となったこのエッセイは如何だっただろうか。最後までお読みいただいてありがとうございます。さて。今日はこれから栃木に行ってきます。萩野公介の墓の場所はわからないが、彼がロンドンオリンピックで最初に銅メダルをとった時に通っていた作新学院高校に行ってこようと思う。こちらのプレイリストを車でかけながら。「ぼくのオリンピック」 (完)

あとがき

読んでくださり誠にありがとうございます。この小説は2021年6月に書かれたものです。こちらのnoteというサイトに投稿されたマガジンの内容と全く同じとなっております。実在の人物、団体とは関係ありません。

また、逆精神病院は今回の投稿よりカオスフォレストのメンバーとなりました。拙い文章ですが、これから見習い批評家として頑張っていこうと思いますのでよろしくお願いいたします!

自己紹介
23歳会社員
ダニエル
東京生まれ
医学部中退
医科歯科
駒東
水泳
171cm
64kg

二郎
スコッチ
水川あさみ
七瀬ひな
地下室の手記
パスピエ

バラナシ