人間は機械で代用可能はすでに起きている。

 

 腐るほどYouTubeではコメントがつくんだけど、ほとんどが申し訳ないが、またこのパターンねと条件反射で判断してしまう。

 角砂糖教育やりすぎると、もう君代わりいるからになるかも。

 能力の有無ではなくて、AIやvtuberでいい。

 フォロワー数も関係ない(割と過剰に群れる文脈のゲームの理屈勢に関心が持てないのは、文脈のゲームはあくまで感情のパトスのイチャイチャであってイチャイチャを理屈で集まるのは記号処理の集まりであり、AI以内だからだ。感情論ならしっかり感情論でイチャイチャしなければぁ❗)。

 むしろHIKAKINの大多数に媚びすぎるし偽善的な態度はある意味高性能ロボットだから人間らしい人間さを宿しているけど、HIKAKINはたまたま当たったからであり、同じようにHIKAKINになっても、マジでAIでいい。

 評価経済の結論は対人相手がAIになる時代の到来だとも思う。

 ただAI的なコミュニケーションで生きやすくなったYouTubeコメントの大半はつまらないし、人生がつまらなくても大変そうだ。

 テクノロジーの発達はどんどんと僕だちの生活感を豊かにしてくれる(平均エリートの芸術や受験勉強、仕事もAI的想像力で可能になる。キャンセルカルチャー的ぬるさが主流になる背景はテックの豊かさにほかならない)。

 コロナ禍は起きたし、ベーシック・インカムが起きてもワンチャンあるかもだ。

 が、もちろんベーシック・インカムになったらなって嬉しいが、幸福や承認に結びつくかと言ったら、それだけで満足できない人々もたくさんいるだろう。

 難しいのは、東大に入っても、東大の人、美大に入っても、美大の人、であり、

 人気YouTuberになっても、YouTuberの人であることだ。

 たとえば、インフルツイッタラーや不謹慎YouTuberはたくさんいるが、フォロワーの増減に関係なくアンフェミの小山や坂口章は際立っている。キメセクオネショタ天皇は悪い人じゃないが、記憶に刺さらない。

 白饅頭や松本人志、遠藤チャンネル、橋本環菜は一見ファンはいるように見えて、意外といない気がする。

 まあAI論は、単に強烈なファンや個を手に入るかというお笑いやアイドル論と等価かもしれない。

 人間が人間だと判断されなければ、人間は人間ではない。

 機械に見えるコミュニケーションは便利だが、AIの方が可愛いになる。

 AI化がより野生のコミュニケーション能力を求めている気がする。