「当たり前の読書家」はいかに生き残ってきたか?

端的に言えば、無口すぎる

「当たり前の

読者家」

が大好きなんだと思う。ふわぽへの話だ。

 彼のネタツイや冷めたふわぽへ構文は極めて無意識かもしれないが、実の所、冷めた大人のポジションを張らない支払わない生意気なガキの姿勢だろう。

 でも、そのことを大人のふりを一応はする僕やたとえ東浩紀や宮台真司、ひいてはado、HIKAKIN、ひろゆき、小室圭、バイデン大統領、ぴよぴーよ速報たち、強者風情に言われようと

「全然

気にしない

だろう」。

 たぶん、「そうですね」と淡々に即レスし、自分がどうしてそうなったのか淡々とシュールなギャグをかましながら軽快に楽しく短文で語って次の話題に飛びつくだろう。

 この論客の「強度」があるとしたら、マジに見せたネタな大人に対して、ネタに見せたマジ、ガキに見せたオトナ、一言で、僕はここにあると思う。

 彼のネタツイのツイートもお笑い知識もアイドル知識も、漠然とした意味において腹の出た大人になれと言い張るメディア操作と闘う「文学」だ。本当のお笑いとは何か?、そして本当の可愛さとは何か?という一見誰もが表面的に思っているだろう問いにネタツイでありながらも(本当は過剰なマジレスをぶつけて)、真剣すぎるお笑いを展開していく。つまり、あまりに笑いのツボや可愛いのツボを突きすぎていて面白すぎたりしても可愛いすぎても、そのリアルという素朴な真剣さが強度だと思う。

 こういうと失礼かもしれないが、決して悪い意味ではなく、彼はネタツイ・ツイッタラーの看板をぶら下げてゲラゲラと笑せてくれたり可愛さを教えてくれたりしている風に錯覚させて見せて、いや実際ネタツイでもあるんだけど、その実のところ、真っ当すぎる本読み、若者風情に見えてその実、正統派の古典的な松岡正剛顔負けの最も古風な一流の読者家だ。そして、野心は仮になくても、楽しく生きることに諦めていない。ネタツイに見せて、あまりに大人すぎる明晰なロジックがそこにある。SNSにめちゃくちゃ関心があるようで、本当は極めて誰よりも反SNSすぎると思うこっそり本をめちゃくちゃ読んでいる。量や広さなら東浩紀や宮台真司、そして少なくとも僕を凌駕するだろう。そして、それゆえに、僕は彼を買う。

 なぜなら、「良い意味で」彼は自覚的だろうけど、本当だったら、彼自体だけなら何も頭が良くないからだ。その素朴な身も蓋もない在り方そのものが、彼と過去、そして未来すらも見たくない貧者のVRな社会にとっては不都合なのだ。

 あまりにSNSを浴びすぎて馬鹿になりすぎたりポジショントークで右も左も自分でついた嘘に嘘を重ねた、冷めた大人たちの現状に、ネタツイ神経症の矛盾に、あまりに素朴に、読書体験や現実のYouTuberたちの現実をただただ指摘しているだけだからだ。

 つまり、カントやデカルト、いや、もっと遡れば、プラトンやソクラテスが指摘していたような素朴な正論をただ同じように言っているだけで、彼自体のオリジナリティはなく、もっと言えば、教養という当たり前の事を教養ない時代に言うからそれがオリジナリティになっているという優れて皮肉的な本物の偽物、いや子供に見せた老人だと僕は思う。もちろんちゃんと強烈な個性はあっても、本質は歴史主義だろう。

 彼の存在はコロナ禍というふざけた日本の現状において

極めて批評的だ。

 過剰に自粛するのか反自粛をするのか、インフルエンサーか評価経済かと色々と真面目に考えないといけない場面で最も表層的に彼はふざけすぎている点で日本で、いや世界一最悪最低な「悪い場所」の典型例だと「世間」「社会」では悪だと片付けられると思う。そして、本当はたくさん本を読んでいるはずなのにひけらかずにネタツイばかりを繰り返す姿は、嘘で大きな物語を維持したい意地の悪い大人たちとコインの表と裏の関係で、彼本人が批評的に頭が良いかもしれない状況そのものがちゃんと本を読んでいるからこそ、典型的な本人もそして今の社会も「悪い場所」だと一見のところ思われるかもしれない。

 しかし、僕はそう思わない。

 しかめっ面をして「分断された文壇を守るのだ!」と言い張るわりには若者潰ししたりレトリックで過剰に哲学をいまだに維持しようとする焦った連中の気が狂った姿を見るよりも、ただ面白い!ただ可愛い!乃木坂や有吉、あいぽんに目を爛々と輝かせながら、こっそりたくさんの難しそうな本を皆から孤立して隠れて読みながら梨を食べて毎日素朴に楽しくしようとエンターテイメントしてくれる彼の方についつい賭けたくなる

単純にその方が

毎日が楽しいからだ!)。

 たぶんふわぽへさんは基本的に社会からほしいと言われながらも不必要になった大人だとこれからも無視され続けられるだろうし、仮に今以上に有名になったらどっかの段階で(本当に)本当の教養を見たくなかった社会そのものから潰されてしまう気もするし、現状において喜劇な悲劇は続いているかもしれない。

 だけど、彼が言っている本当のネタツイ的なお笑いも、そして、本当に彼がやりたいんじゃないかと僕が思う、本当の熱い文学や哲学だって、彼らのSNSという社会に依存したレベルの攻撃ごときでは、

彼の熱い森羅万象への愛を取り上げる事は一生に渡って不可能だ。

 なぜなら、ネタツイばかりを繰り返す彼自体は、本当はマジレスばかり言っていて、社会のマジレスがネタツイばかりしていたディストピアなユートピアだからだ。

 冷めた大人にガキと罵られながらも、実の所、熱い大人をちゃんとやっていたからだ。

 これからもずっとずっと調子に乗ってイキっていくだろうし、僕も似た感じでそうするつもりだ。ただ個人的にはもっと正統派に読書をしたり文学を読んだり哲学して時速200キロのストレートももっともっと投げて、失われてしまった本当の社会、本当の知性をもう一度、神経症にならない範囲で言及していってほしいとも思う。馬鹿げた社会の連中に石を投げたり皆とわいわいとネタツイをしている姿も面白いけど、敵と味方とも誰とも喋らずそして僕とすら喋らず、真剣に真剣にただただ孤立し、ただ読書だけをしてただ頭だけをうんうんと唸らして森羅万象を純粋に探しているときの、僕も一度も見たことのないしこれからも見ないであろう、本だらけの部屋に1人で引きこもった、あまりに「古典」的すぎる他人に見せない、いいねを稼がない「当たり前の読書家」な彼の見えない後ろ姿が、僕は一番好きだ。

 そして、きっとこんな長文の典型的な良い場所な優れた解説よりも、短文の悪い場所な幼稚な叫びを彼は選択するはずだ。

 ただ毎日が

楽しいことを❗