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芸があったら、
イジメられるのは気持ちいい。
が、大半の偽善もパワハラも芸がないから、殴られても気持ちよくない。痛みに快感を感じて殴るのと単に弱いものが殴るでは、痛みの種類が違くて、大半がSMに興味がなさすぎる。
上司を徹底的に愛すると、痛みの性質も2種類に分類できて、愛のある痛みか愛のない痛みか分かり、対処の仕方は両方ともメリットデミリットが、ある。
そう、
仕事の悩みは、
精神的な所に喫する。
だとしたら、上司を精神的にどう殺めるかが重要な気がしている。
固有名ではなく、あくまで上司的なものだ。
端的に、
体育会系な疑似インテリがほとんどパワーを占めている。
だから、HIKAKINの偽善は働けば働くほど、良くも悪くも、彼が社畜だと一蹴できうる。
まず、体育会系は何も考えていない。
悪気があってパワハラをするのではなくて、コミュニケーション能力が低い、文学、芸術が低いからパワハラをするのだ。
1つとして仲間や友達、家族、恋人のために頑張ろうと思うべきだ。
キスしたいしイチャイチャしたい者たちのために頑張るべきだ🔥。
社会には友達はいない。
そう割り切り、愛情や友情は別個で確保して、そいつらのために!と思い、働けばいい。
金銭を徹底するべきだ。
そして、愛情を徹底するべきだ。
第二に、論理を徹底すべきだ。
繰り返すが、パワハラをするのはゲーム理論的に割に合わない。協調した方が巧くいく。が、人間は非合理だし、情報が複雑で無理なのだ。
たとえば、上司がめちゃくちゃ私に怒ることはしょっちゅうだ。
が、そのモチベーションを探るべきだ。
私は多少サディストで親愛なる静くんを愛している一方で苦しんでいるのを見るのも面白い。
が、これは遊戯としてのサディズム。
わざわざ労働で苦しむ様を見たいことはない。
可愛いものが苦しむ様は見ていて面白いけど、可愛くないものが苦しむ様は見てもつまらない。
となると、仕事のパワハラはサイコパスではない。
実は上司の後ろにはまた上司がいるのだ。
つまり、安心感がないのだ、彼らも。
上か下かというゲームに依存する以上、上司も駒にすぎない。利根川幸雄問題。いじめっ子はいじめられたくないから、いじめをするのだ。
となると、構造を理解し、できる限り、理屈で割り切る、もしくは最終的な生殺与奪はこちらが握っていると思って、演技を続ければいい。
結局のところ、全能感に酔っている人間風情は食おうと思えば食えるのだから、だ。
人を殺したいことはないが、どうして皆が平等なことに気づいていないのか分からない。
最悪やめて死んでいいと思うんだけど、これは理解されないからやめておこう。
どうして皆長生きしたいかが私には理解不能。
反出生主義ではない。
生き抜いていたら、手足がもげていた。