死(SI)。〜HIKAKINの「人生」はとっくに死んでいる。死ね。コロナはチャンス。そこから再生の一歩がある。〜

 真剣

でないのだ。

 誤解しないでもらいたいが、HIKAKINや月ノ美兎には呆れがあってもそこまで脅威を感じない。

 それより西村博之や米津玄師、東浩紀、落合陽一、にゃるら、暗黒啓蒙の方が潰しがいがある。

 全部に私は論戦を張ったようにように見えるが、前者と後者は性質が違う。

 怯え。

 HIKAKINや月ノ美兎、そのフォロワーには怯えを感じる、特にコロナで殺されることに。

 意外と暗黒啓蒙やにゃるらもその毛を感じるように見えるが、そもそもの根っこが彼らは自己中心的なため、死に怯えていても、なんだろうな…、HIKAKINや月ノ美兎とそのフォロワーのように言語化する事自体から逃げている、というより、言語化できた上で逃げている、という西村博之と同じ匂いを感じる。

 そういう点で、コロナ自粛が起きていること自体が、HIKAKIN潰しのチャンス、いやすでに起きている気がする。

 ようは、死に怯えている成金なのだ。

 絶妙に暗黒啓蒙やにゃるら、西村博之は自己中心的が故に成金だが、心底に死に怯えているのはHIKAKINや月ノ美兎の気がする。

 町中で人混みの雑談を聞いたり友達に聞くと、午後8時帰宅は辛いな…という声をよく聞く。コイツラは基本的に西村博之や暗黒啓蒙、にゃるら的な自己中心的な大衆路線だろう。

 彼らなら闘いがいがあるが、闘い甲斐があまりないが、脅威なのはHIKAKINや月ノ美兎、そのフォロワーな気がする。

 つまり、見たくないのだ。

 そもそもの白黒や善悪、そういったものを完全に見たくない点で、暗黒啓蒙やにゃるら、西村博之とは別種、違う匂いがする。

 クズやゴミでも白黒がついて、自己中心的に回るようにするのが西村博之や暗黒啓蒙、にゃるらの習性だと思うけど、

 そもそも論としてそういったあり方そのもの自体を完全になかったことにしようとしているのが、HIKAKINや月ノ美兎あたりな気がする。

 コロナ自粛で死にたくないよは誰でも思うけど、コロナ自粛で命を助けたいだとか毒にも薬にもならないギャグばかり抜かすだとか、彼らは西村博之と違って、そもそも論戦して潰す動機があまり湧かない。

 そういう意味でヒカマニの方が俺や遠藤、坂口章より良い意味で的確だと思う。

 場合によっては、ひろゆきより巨悪でも、論戦を真面目にするべきでも、そもそも気持ち悪いというか、糸井重里のMOTHER3に出てくるデブのラスボスじみた感じがしてしまう。

 だから、コロナ自粛うんぬんに完全に乗らないことー。

 日夜、コロナ自粛の情報で一喜一憂しないこと。

 その黄金の精神が再生のチャンスな気がする。

 そもそもコロナ以前の話。

 人はどうあれ皆、

死ぬのだ。

 頑張ろうと頑張らなかろうと、

死ぬのだ。

 大事なことは、その当たり前の事実に覚醒しているかどうかだ。

 ククク…。努力しろと言っているのでは、ない。馬鹿が。登録者が1000万になろうと、

HIKAKINも登録者1000万人も

いずれ

死ぬのだ。

 殺そうとへずまりゅうに殴られようと硫酸をかけられようと

コロナで病死しなくても、だ。

 そんなことせずとも、墓場に登録者や評価は連れていけない。

 当たり前の事。

 努力をするだとかどうだとか関係ない。

 努力をするな!と言っているのでは、ない。

 馬鹿げた偽善をしても

きっと自殺に追い込まれるよという当たり前の話をしているだけなのだ。

 この点、悪意に薄々気づきながら心の弱い暗黒啓蒙やにゃるら、西村博之はまだ怒ったり反らしたりする根性が座っていて、まだ生きよう!死ぬまでに充実しよう!という臭さがある。

 が、奴らには、特にHIKAKINには、言葉が見当たらない。

 草…?

 道端に生えている草…!?

 登録者1000万人はいくらなんでも供給過多だし、西村博之や暗黒啓蒙、にゃるらはここまで精神の回路が壊れているから悪質というより、正常に卑しいから問題であって、HIKAKINはもは精神の回路が外れてこないとできない気がする。

 もちろん西村博之もぶっ壊れている所はあるが、

コロナ

VS

HIKAKIN

 という様相を醸し出している気もする。

 そういう点でコロナ側についてしまえば、HIKAKINは怖くない、まるで怖くないと思う。

 そもそも人間はいつか死ぬし、登録者1000万人集めても、コロナにかかれば死ぬし、反自粛派の人は認めてくれないし、的が外れているように見える。典型的プロティスタントと資本主義の精神。典型的キリスト教の限界。

 宗教が悪いと言っているのでは、ない。むしろ宗教は宗教と言葉にする強さがあるが、コイツらには強さも弱さも言葉にできない、それ以前で腐りきっている。

 ここまでYouTuberという芸術をコロナという馬鹿げた政治につなげると、単なるキリスト教で済む話。

 ひろゆきと同じだが、

 登録者1000万人という客観性を示しながらも、やっていることがイエス・キリストを祈りましょうという類と変わらないことだ。

 これなら創価学会やキリスト教、仏教、それらと何も変わらないし、そういう点でそこに登録者1000万人や1000万募金するという儀式の様相を帯びている時点で怯えているだけじゃないかとしか思えない。

 ヒカマニのいい意味での馬鹿馬鹿しさはHIKAKINは潰し甲斐があるというより、完全にHIKAKINに対するルサンチマンを忘却し、むしろHIKAKINやGAFA、場合によっては落合陽一の限界は、極度の潔癖症という赤子という所に彼らの弱点がある気がする。

 悪い意味で身体性がない。

 これは男の娘だとか性欲が薄いだとかそれ以前、むしろ彼らの方が身体性に自覚的かもしれない。

 生きることそのものから逃げているからダメなのだ。

 酷いことかもしれないが、高橋祭が自殺したときに電通には呆れても、高橋祭自体には同情したことがない。

 社会には悪や闇があるのに、その力を利用しようとして自殺に追い込まれても、自業自得な気はする。

 高橋祭もうごくちゃんも月ノ美兎も根っこは同じメンヘラだが、HIKAKINよろしく東大や電通、YouTuberはクリーンだったとしている点で、見るからにヤバくて強度のあるウごくちゃんと違って、高橋祭や月ノ美兎はHIKAKINと同様、哀れみを感じるほど潰す気が失せるという事は私にある。もちろん構造として問題はあるが、むしろ潰す気を失せさせるほどしょうもないことがより悪質かもしれないが。 

 よく寿命だとかどうとか考えたことがない。今この一瞬どうするか?どうしたいか?が重要なのに、もちろん年金もあったら嬉しいが、

そもそも人はいずれ殺さなくても死ぬのに、過剰にコロナを避けようとした上で、コンテンツの主題が募金活動となるんだったら、そこらへんの意識高い系もやっていることで、HIKAKINが1000万円貢ごうが、登録者1000万人に達しようと、ただの電子データ。

人は死ぬのだ。

 この当たり前の公平に気づけば、だからこそ努力しない時間も努力する時間も意味が生まれる。

 そもそもHIKAKINはヒカマニがいくら中傷しようとブロックしないだろう。

 そもそも認識すら完璧にしないロボットだろう。

 が、人間は本来ロボットじゃないし、いずれ死ぬのだ。

 そういう意味で若いコの人気ランキングで西村博之が1位になって潰した時点で、

 ヤツの今の必死さは終焉の証だと思う。

 大きく厄介がゆえに排除はしていくつもりだが、ストレートに西村博之のように潰す価値すらコイツには、ない。すでに死んだ人生なんだから。腐りきったYouTube登録者の一部のゴキブリたちはある種すでに脅威では、ないのだ。潰し巻くってよし。