【ウ】20年代の新たな批評/カリスマ・アイドル。〜ウはなぜウなのか?〜 古田更一&静対談をめぐってー。

古田「今回は、独特の空気を放つ謎の批評家、及び詩人ウの信者のカオスフォレスト黒幕、高経歴プログラマー兼現代アーティストの静さんに来てもらってます。今回は、ラカンやマルクス、不謹慎系YouTuberまでを全部ミックスした哲学を探究している集団のウさんやメテオさんからひろゆき、コロナ禍まで久々に静とユルく現代哲学を批評していきたいなって思います」

静「静かに暮らしたい」

古田「早速、最初にウさんという現象、オレとしてはもっと緻密にメテオ→ウという弁償法で実践性の高い百合ラカン論を話したいけど、君はどうなの?不謹慎系YouTuberだけで話せば話しは簡単なわけで、そこにメテオ哲学やウを現代論として絡めるとめちゃくちゃ面白い分析ができるかと。暗黒啓蒙や落合陽一とまた違うと思っている」

静「ボクはさぁ〜、シンプルに本質的に厳しくユルい感じがいいよね」

古田「というと?」

静「美少女アイコンのその先を行っているというか笑」

古田「不思議な出立ちだよね、あのアイコンは。オレもおかしいと思ったんだ。中沢新一『イコノ・ソフィア』を読みたくなる」

静「うん」

古田「実態はよく知らないけど、仮にそうだとしても、そういうありきたりな1つの言語で割り切っていい存在じゃないと思う。ウはウだというラカン的問い。批評はウだけだという喜びも悲しみも言語できない臨界点。脳味噌の個体センスで話したいよね。全部を脱構築しているから、不自由なんだけど自由なんだって気がしちゃう。中沢新一『チベットのモーツァルト』に出てくる水滴のピチョンピチョンで笑っちゃう僧みたい」

静「そうだね。生命体として厳しくかわいいというか」

古田「にゃるらさんが猫っぽいなら、獰猛な犬なのかな」(馬鹿にしている訳だけではない)

静「犬っぽいみたいな感じかぁ〜」

古田「けど、にゃるらみたいな猫っぽいじゃないわけですよ、本当にもちまる日記みたいな順々さはないわけで。多少は不謹慎美少女ツイッタラーではあるわけでしょう?にゃるらって知っている?」

静「にゃ〜🐱にゃるら知ってるよ。vutuberとかに詳しいオタク評論家で日夜頑張ってお前たちのことが大好きだ〜!って言っている人でしょ?」

古田「そう。にゃるらの良くない点を建設的に指摘していることもあるわけですよ」

静「牙を見せるんだね」

古田「はぁ〜?」

静「いや、たまには犬歯を見せるっていうか、そう単純じゃないよって」

古田「いや結構毒の方が僕は大きいと思うわけですよ、そこが重要にいいわけですよ」

静「そうかなぁ〜?古田くんと違って、ボクは単純に独特に芸術として強烈に知的に可愛いしか感じないけど…」

古田「知的に可愛いのは分かるけど、じゃあ可愛い蛭子能収、可愛いつげ義春、ゲーム版lainってことなのかな」

静「確かにそうかも。僕らが好きなコンテンツじゃないか。あの人はオタクだけど、オタクっていうより芸術系って気がする。というかね、ボクはこう思うわけ、あの人格がない感じがいいよなって」

古田「でも、可愛いだけじゃないでしょ?そこで話を切ったら、わざわざウじゃなくて、無料の萌えイラストでいいわけですよ」

静「観点も確かに鋭いと思うよ。確かに理屈的には矛盾も突こうと思えば、突けるけど、大事なことは自分の頭に汗をかいて話しているかいないかで、本質を突いていると思うのだ。言語化不可能な段階で。ただそういう難しい現象を言語化するのが、君の仕事でしょ。君が全部やってよ。ボクは楽して暮らしたいだけなんだ」

古田「オレとは違うでしょ?」

静「そうね。自分で完結している。平和な世界に生きているって感じはするよね」

古田「まあ自己の内面世界をどうするか?ってことに固執していると思うな。だから、良い意味でも悪い意味でもアイドル性があるのではないか。比喩的に言えば合法的薬を決めちゃうきめねこ的想像力をガチでやらずに疲れているけど、ある種の日常を忘れない独特の詩人ですよ。量の承認欲求というより質の承認欲求というモノはあると思う。岩なんとか玄弥とかはあまりに真面目すぎて話しにならないんですよね」

静「マツコデラックス的な感じもする。いや、あれより知的に可愛いけど。人間として喋っていないって気がする」

古田「え〜!?宇宙人?」

静「そウ。宇宙人みたいな」

古田「どこが好きなの?」

静「本質を見ているという意味でのユルい感じがいいよね、力を抜かすのにあの文章は使える。下手な時事ニュースを見るなら、ウでしょ」

古田「赤羽に似ているのはどうして?」

静「赤羽でボクが撮った東大生っていう写真、まああのベンチで日向ぼっこしている男に似ているよね。あんまり世間の潮流に流されずに、確固たる意志を曲げずに生きてきたって気がする」

古田「確かに、確かに」

静「あのねぇ〜、よく注目して欲しいわけさ。完全な美少女じゃないアイコンっていうのがスゴイのよね。おかしいのさ。普通の人だったら、普通の美少女のアイコンにするわけですよ。それなのにわざわざ美少女アイコンにして、それを疑うようなアイコンを自己像にしているのがスゴイ深い芸術性があるんですよ。Twitterの美少女アイコン、バ肉美オジサンをメタ的に批評している。もちろん優しさからハッキリとはそう言わないし、だから故に、バ肉美オジサンをデリダデリダ、脱構築して、バ肉美美少年にしているところはあると思う」

古田「オレはさ、主語がたまになのがいいと思うわけ」

静「ウ〜?ウじゃないの?」

古田「いや、かわいいとリプがきたときに、わざわざ俺はかわいいというリプで答えているわけさ。これは明らかに昨今の表面的な同性愛や国家主義者、表面的な哲学者と違ってちゃんと視座が凄いわけさ。自分を俯瞰してみている。そして、一からオリジナル性が強烈にある」

静「あ〜確かに。周りが与えたキャラ、周りがこれこれが君ですよ貴方ですよっていうのを完全に選択せずに、自己で1から作ったって感じがする。普通はできないわけですよ。ここまで自己を出したオリジナルアイコンは。そしてよりハッキリとしているんだよね。なんだろう、病んでいるかもしれないし疲れているかもしれないけど、弱くはないよね、ニーチェ的な問題でさ」

古田「そうそうそう。なんだか、ドゥルーズ的な話になってきたな。雅也でも浅田彰でも坂口章でも橘玲でも呼ぼうよ。だから、ウごくちゃんもオレはスゴく評価している。ウごくちゃんはウに匹敵するよ。ジャンルは違うけど、あのアイコンは意外と思いつけないんですよ」

静「はいはいはい。ただ古田さんがおかしいのはボクがウ信者なのはともかくとして、一番批評しづらいウやメテオをテーマにしているっていうのが面白いわけですよ。メテオさんはそもそもボクは何を言っているのか難しすぎて一ミリも読めなそうだし、ウさんの場合はわかりやすく気持ちよくなれる文、あの文章を批評的に言語化するのはめちゃくちゃ難しいと思う。だって、ハッキリと理論的なものじゃないし、単純な宗教でもない」

古田「まあそうでしょうね。だが、その困難な道、渡ってみせよう。簡単にオレなりの解釈で要約すると、メテオ哲学は、ベイトソン的な悟りに立てる効果と故に攻撃性も手に入るっていう変わった哲学なのよね。比喩的に言えば、ジョジョ6部のラスボス、ディアボロとドッピオなわけ。簡単に訳すなら、百合というだらなしなくも崇高な美を追求しまくることによって、癒されながら、国家や家族、社会のフィクションをジジェク風に暴いてしまうっていう、魔法少女が魔法少女故に機関銃を持っているというイメージ。まさにゼロ年代批評の核心終わりある日常の方だけを抜き取った感じ。だから、メテオ哲学が読みづらいのは、頭のトリガーを自閉症気味にしてやんわりと壊すことで、百合的な森羅万象を思い出すというために、すげー読みづらいわけ。面白いのは、宗教に似ているようで、宗教じゃないのよね、あれはお香の香りがする現代の仏典なのよね」

静「メテオはブッタ2.0」

(ちなみにラカンや構造主義、ポスト構造主義を学ぶ際の実践的な現代版の参考文献になるでしょう。そういう意味で、ラカンを学ぼうと思ったら、実践性と故の飲み込まれすぎてはいけないことも含めて重要な問題をクリティカルに示しているでしょう)

古田「ただここでカミングアウトすると、科学的な知見を持つオレはオウムが使った虹の階梯を自分の身体で人体実験したことがあって、それもあって、自我のコントロールが普通の人の100倍上手くなっている(少し危険なので、一ミリもオススメしません。科学的かつメンタルが並より強いからできた)。もちろん健康な状態の上でやった。が、あの本のやり方はオレに合っていたが、良くも悪くも男性主義のハードすぎて、メテオとは似ているが故に、対照的なわけですよ。比喩的に分かりやすく言えば、オレはダンガンロンパの江ノ島盾子ちゃんなわけ。バトルロワイヤル系というか、終わりある日常の裏にある終わりなき非日常。立川真言流とパラフレーズしてもいいかな。ってか、最終的なマルクスラカン、マルクス構造主義あたりではまあメテオも古田もほぼ攻撃性は同じって結論になるんだけどね。2人は対照的のようである意味ではコインの表と裏のように現代性を表している点では同一人物だと思う。ウは全くここからズレるけどね」

静「つまり、メテオ氏は現代の社会性を意識した上での新たな悟り法を開拓したってこと?」

古田「まあ生み出した本人は落合陽一状態になる危険があるけど、読者や周りにとってはめちゃくちゃ恩恵はあるでしょう。ただあくまで哲学や理論がベースになっていて、宗教とは似て非なるものであることは強調したいと思います。修行を怠ったり安易に反出生主義に行ったり、オタクであることに酔ってはいけないストイックさ、社会性が奇妙にあるでしょう」

静「で、ウさんはどうなんですか?」

古田「確固としてた攻撃性、王道のカリスマ性のあるメテオ氏とは違っていて、批評的な本質を一言で表しちゃうとか、美少女アイコンをメタるような笑顔と緑色とか、あれは、早いインターネットへの遅いインターネット、Twitter批評、メタTwitterだと思った方がいいね。歩く省エネ。だから、哲学書を理解してもそれを引用しなくていい。ひろゆきやphaさんより本物のニート芸人。確かに君が珍しく反応するぐらい可愛いね、可愛い版の安藤や遠藤、坂口章、古田の、また似ていて違うものというか」

静「ただ古田くんの評論的な目線は頂けないね。無意識の空気、肌感がいいんだよね」

古田「だから、メテオさん本人が救われるかはともかくメテオさんが一般人に理論で悟ったりハックする方法を教えて、森羅万象にたどり着くタイプ、要は良い意味で万人が模倣しやすい形、リーダータイプだとしたら、ウは本人単体ですでにウいているというか、森羅万象そのものなわけですよ。ラカンの想像界に初めからいるような。まあラカンに詳しい方々から怒られそうだけど、これ重要な話ですよ。だから、早く言えば、ラカン&ゼロ年代カルチャーのミックスと古田的に言い切れるけど、実際にやるとなると、あの2人の問題をそう言い切れず、単なる男か女か、美少女アイコンかそうじゃないのか、そういった世間の言語、それこそフィクションで割り切れる話ではないでしょう」

静「そうだね。なんか癒されるね。あのニッコリとした顔は。病みつきになる顔している」

古田「自分で書いたのかな?あれは立派なラカンの真髄を密教的に分かりやすく話しているんですよ

静「ボクはあのアイコンに引き寄せられていて、けっこうあの画像だけを見て自由に精神を浮遊している。たとえ人気になっても、あの顔を壊さないでできれば貫いて欲しいですね。過剰に媚びるのも問題ですよ」

古田「いつか目が開くかもしれない」

静「評論ではないんだよね、ウだけは。古田単体ではお手上げ。だから、静なボクがわざわざ登場せざるおえないハメになった。あの顔のセンスはちょっと古田くんだけでは言語化しづらいと思う」

古田「そうね」

静「Twitterで発狂しているだとか、ネタツイだけだとか、弱者キャラですよ〜とかばかりじゃないですか。どれも紋切り型ですよ」

古田「社会で非リアなのはそうかもしれないけど、故に地に足がついているんですよね。地に足がついて不満があり、地に足がついて、満足している。野生の犬って感じ。決してかわいいという日常の視座があっても、もちまる日記ではない。メテオ氏は天才芸だとしたら、彼は日常の宇宙人、日常知の精神におけるプラグマ、才能があると思う。だから、哲学とかに興味があっても、自分の言葉で発信することはしないんだと思う」

静「確かに、確かに」

古田「自分も悪いよ〜って厳しいけどユルい地に足ついた健康な不健康、バランス感のある反省があるよね。そこが日常的。古田や安藤にはあまりないよ笑」

静「にゃるらさんのTwitter2もいいけど、それってコインの表と裏で、Twitterは刺々しくて危ないものだからこそ、過剰に引き込もうっていう悪い意味で君の言うラカン的な構造に取り込まれているところはあると思う。オタクはオタクだよね、オタクはオタクだよね、おい!オタクってなんだよ!オタクである自己に囚われすぎているというか」

古田「一言でスキゾ・キッズだと思うんだ。自己を解体しているんだよね。シラけつつノり、ノりつつシラける。もちろん本人が色々と人生で幸か不幸か様々なことがあって到達した都合の良い話ではないことは再三主張したいと思います。んで、スキゾに日常があって、昨日には批判したと思ったら、もう忘れてへへ〜☆としているというか。病気かもしれないけど、理論で捉えきれない自由さがそこにあるんだと思う。まさに現代の総1億批評家時代、ひろゆき時代に出るべきして出てきた、新たな表現者だと思うんだ。決して言い過ぎではなくて、実際、クソみたいな時事を見るなら、あれくらいになった方がいいっていうのは、今の狂った時代ではあると思う。至ってそこら辺は冷静な目線があると思う。屁理屈の凡人なる健常者キャラだと思い込む倫理なき非健常者が暴走しすぎている」

静「そういうフリなのかもしれない。刺々しいTwitterのむさ苦しい所にクラゲみたいにウ遊するウみたいなのがいるから価値があるというか。いや、真剣な攻撃性と可愛さって意味で」

古田「www」

静「だから、ボクはウで本質を見れて和むんだ。Twitterは見ると気が狂っている論者だらけで痛くて見れないことがあるけど、ウのおかげでTwitterが楽しくなってきたってことがある。まあ常に直接話したいというより、あの画像と短文をヘライザーの上位互換として見たいって感じかな。ヘライザーは面白いけど、日常で生かせるかといっただらしない感じがないんだよね。ウよりも攻撃性が高い。ただウは日常レベルに付随していて、もはや攻撃性や可愛さといった1つの言語で捉え切れる事象ではないのだ。結局、純粋に可愛いとも思ってないのかもしれないね」

古田「まさにって感じだ」

続く