狛枝凪斗はどうしてカッコいい凡人なのか? 〜ウィトゲンシュタインの本と金がある今でもう満足なはずなのに。〜 自分の心の動きと哲学と文学を真剣に考える。 【古田更一】【大学】【古田更一】【学歴】 不謹慎は不謹慎だから、不謹慎なんだが。

 才能のない人間はいらない。

 言っておくけど、これは

ヒカキンやado、志村園長だけじゃあない。

 俺は社会性の高さは賞賛するが、それ以外の才能を行使する場合の母親も生きている価値はないと思うし(トラウマはない)、だから、当然、俺自体も生きている価値はないとさえ思っているし(トラウマではなく必然だ)、カオスフォレストのメンバーさえ生きている価値はないと結構と本当に思っている(論理だけだ)。

 才能に溢れて希望に溢れてひと握りの天才のアイデアだけあればいい。

 凡人は生きている価値がないし、いや、生きている価値はあるけれど、

黙っていた方がいい。

 もちろん天才の定義によるから、ある意味でlainやつげ義春は社会性のなさでゴミかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

 とにかく才能なんだ。

 社会性の高さの天才なら、古市憲寿も素晴らしい。

 とにかく才能ある希望に溢れた

24時間努力ができる本当の才能だけがあればいい。

 申し訳ないけど、ヒカキンさんやadoさんは嫌いじゃないが、どこまでも邪魔なんだ。

 だけど、安心した。

 本当に才能がないのに地位の高い人間は、才能がないゆえに欠陥ゆえに心に必ず欠陥を抱えている

欠陥を抱えている。東浩紀もそうだった。

 そして、手ぬるいから、きっと肝心のところまで彼ら彼女らは頂点の頂に辿り着かない。

 黙ってろよ、雑魚どもは。

 言っておくけど、視聴者様たちも同等だ。

 とにかく、才能という希望に溢れた人間たちが凌ぎを削る様が素晴らしい!

 って思っていたんだけど…。

  ………。

   どうやら人と人との出会いはなかったことにはできないらしい。

  僕自身も僕のことを知っている今までの人々も信じられないだろうけど、僕が多少なりともYouTuberなんてやっていることは自分でも今は信じられないよ。初めの伝記が人の本性を表す通りに、僕は不謹慎系YouTuberを偉大なる人間だと思うし、今でも自分は不謹慎系YouTuberだと自負している。才能なき雑魚には興味がない。命を奪う気は全くないのだけど、ほとんどの人間に価値がないって今でも半ば思ってる。

 ………。

 全くと言っていいほど、君たちの言っていることが何も心象的には理解できないし、どうしてそんなくだらないことでつまづいているのかが本当に分からない。もうある意味では諦めることにした。コミュニケーションが成立しない。

 いや、コミュニケーションが成立しないことが、コミュニケーションなのかな。

 だから、よく誤読されているし、自分自体も今の人生が自分の性格と全く正反対のアクションになっていることに毎日、驚きを隠せないでいる。

 さて、僕と東浩紀の書籍との出会いを、みなさんはかなり誤解している。

 僕は彼のことが全くと言っていいほど昔も今も好きじゃない。

 屁理屈でよく泣いてダメでクズで非合理で非生産的で反社会的で。

 今でも、きっと才能がないゴミだと見下している面は今でも強大にあるんだろうね。

 だけど=だから、

興味深いと思ったんだ。

 どうしてそんなことで悩み、そんなことで1冊の本を魂を込めて書き上げることができるんだろうか?

 ううむ…。

 謎だ。

 

   だから、古田更一がどういう思想を持ち、お前はなんなんだ?という質問には、鋭利にこう答えておくことにする。

  とにかく才能だけが大好きで、

 楽ちんなことが大好きで、

自分本位で、

本当の天才の作品だけをできる限り無料で消費して、ポイ捨てしたいような、

そんな才能と効率性だけに特化した刃物のような…。

 シャレで始めたYouTuberとかSNSで皆と仲良く話すのなんて、

「本当の僕」らしくないからさ。

  

 本当の僕はもっと内向的でもっと人間自体がそんなに興味がなくて、

皆と話すハメになる

「主人公」なんてマジで窮屈で大変だよ。どこまでも僕自身は本当は一流の信者でありたい。依存したい。楽したいんだけどな…。言動と行動が一致してなかったのに、いつの間にか言動の方に引っ張られている自分がいる…。

 不思議だ。

  

 この完全に行動と言動の不一致に自分でも説明ができなくて、焦ることがある。言語化できなくて、困ることがよくある。どうすればいいんだろうか、って思うことがある。

 この矛盾した天邪鬼な感情の名前、その白と黒が混ざった色の名前は何って言うんだろうか。

 中学生の頃に夢中になって読んだウィトゲンシュタインの哲学探究が思い出される。

語りえぬモノについては語ってはならない。

 やっぱり才能が必要が必要だ!

 希望あふれる少数の努力のできる社会性のある才能がなくても自らの意志で道を切り開く

倫理観なき最高の鋭利のような才能が!!!

 ただなんだろうな…。

 嫌い以前に社会性の高さの才能を僕が評価している母親の顔が思い出される。

 凡人たちに対する愛を感じるよ。

 だって、きっと凡人がいるから、天才がいるし、

 天才がいるから、凡人がいるんだ。

 そして、凡人が天才を発見するし、

天才が凡人を発見するから、社会も反社会も生まれているのかもしれない。

 ありがとう…。

 ってとりあえずは言うべきなのかな。

 ただそれでも言わせてくれ!!!

世界には、

批評が必要だ!

全てを相対化し尽くした上で、絶対的な絶望の現実をブツけた上で、

それでも、それでも、それでも、

立ち上がっているくるような

凡人のような天才のような

批評家たちが!!!

 

 【追記】

僕には才能があるが、才能がない。

 君たちと違って、物事の本質に生まれた時から到達しているという点で今まで本質レベルで鬱病になったりだとか悲しくなったりとかってほとんどなかった。

 敗北の気持ちが本当に分からない。

 だけど、相手のことを理解することに興味がないし、その才能さえもきっとないんだと思う。

 そんな凡人の自分が今YouTuberをやっているほとんどいじったこともないSNSをやっているって5年前の自分に言ったら、きっと絶対に驚いているはずだ。

 僕の周りの優秀な冷たいエリートの成功している知り合いたちも今の僕の変わり様を見て、驚いて、どうしてそんなことをやるの?ってよく聞かれて、

自分でもよく分からないのだけど…って自分で自分に不思議がった。

 だけど、今はどうしてだろう。

人生で一番幸福だよ。