哲学のキツい本質。「絶望」こそが悪平等である。 〜真面目と不真面目の難しさについて〜 不謹慎系YouTuber真論。 安藤ー遠藤ー坂口章。

 批評や哲学の難しさ、というよりも、幸福や真面目さの難しさは、

「真剣に」絶望しているかどうか?

ということになると思う。

 よく古田更一は哲学派なのか、それとも中身がない派なのか、でよく誤読されるが、

本当に大事なことは、真剣に冷笑をしていることこそが、

真剣に熱い人間と同等であるという事実なのだ。

 古田更一は熱い一方で、どこかやる気がなかったりダラダラしている部分や下品な部分がある。

 が、どっちも両立することだと僕は思っている。

 真剣に哲学ができるか、できないか、という時に、

 言葉自体に意味はない。

 本当に物事をしっかりと考えたら、身も蓋もないが、熱い時や冷たい時、どっちも重要だからだ。

 だけど、

 僕は思うに、楽観的に絶望しているフリで、希望を言う人間たちほど、社会問題に怒りすぎている気がする。

 そして、本当に絶望している方々の方が、ふざけたことを言っているような気がする。

 言葉自体に踊らされてはいけない。

 難しいことだが、人はすぐにコイツは、オタクだとか、コイツは哲学系だとか、フェルターをかける。

 が、本当に大事なことは、頭が良いだとか頭が悪いだとかではなくて、

 真剣に語っているかどうかだ。

 例えば、

 僕はよく信者からよくYouTubeでいいねをされるが、これは本当にコミニケーションが成立しているだろうか?

 違うと思う。

 本当に対話をしないといけないのは、きょんくまだったりだいきの講談だったりするのだ。

 彼らと別に仲良くないし、これからも仲良くもないだろう。

 が、本当の対話は、ちゃんと敵対していたり、近そうな人間とあえて言葉を発しないでいたり、もしくは、あえて語っていくといった困難なところにこそ、本当の対話はあるのだ。

 そして、

 これは本当の仲間たちがいたからといって、絶望的事実が変わることを意味しないのだ。

 中途半端に絶望している人間たちは、短期的に仲間や家族、恋人がいればなんとかなると言う。

 が、

 本当に才能だったりドラブルだったりで絶望している人間は、仲間に感謝しても、絶望している事実自体は変わらないのだ。

 もちろん、長期的に行くと、壮絶に絶望している人間同士だからこそ仲間を手に入れることができる。

   

 世の中は、いいとこ取りは、できない。

 

 絶望しまくっているからこそ、その不遇さで人気者になれるかもしれないし、絶望しまくっているからこそ、皮肉なことにいらないような仲間ができてしまうのだ。

 逆に言うと、世の中は絶望するには希望もあるし、希望があるには、絶望もあるらしい。うまくできているのだろう。

 

 例えば、哲学の才能がある人間が、あるところまでは成功してきたのに、人生経験がなくて、ピンチになることもある。

一方で、本質的な哲学や文学、芸術の才能がある人間は場合によっては、人生経験があって、絶望しているからこそ、才能を得ることもある。

 これが難しいのだ。

 哲学の本をたくさん読んで哲学者になれても、哲学者になれるし、哲学の本を教科書的に読まずに自己流で読んで到達する在野もいる。

 え?どうしてどっちが正しいの?って理系の方々は思うかもしれない。

 だけど、

 哲学や文学、芸術は、絶望している奴が絶望を抱えて才能を得て、読者や視聴者が得することもあるし、

希望を抱えている奴があるところで伸び悩み、希望、俗世に暮らしすぎたが故に、絶望するという訳もわからないパターンもある。

 正直、どっちがいいとは言えないのだ。

 だって、どっちもキツいから。

 こう考えると、単純に、日常でいいじゃんだとか、うつ病を治せば、幸福になるとは言えない。

 キツさを治すなと言っているのではない。

 人間は、どっちにしろ必ず、どこかでどんな人間でも絶望するときは必ず来るのだ。

 その時に、例えば、コミニケーションだとしたら、表面的に自分の言っている言葉と対立しているから、敵なのだと思うのは、あまりに早計な発想なのだ。

 もちろんこれは抽象レベル、哲学や精神レベルの話をしていて、普段からここまで考える必要はない。

 

 家族が家族なのか、友達が友達なのか、こういったことを考えすぎていることが、そもそも考えていなさすぎなのか。

 

 なんにしろ、世の中は、そう単純じゃない。

 だから、難しい一方で、底辺や努力をしない人間、絶望に捕らえられている人間たちでも、

人生がオワコンのまま、チャンスが、「絶望しながらの希望」は必ずあるのだ。

 どっちに転がっても、たとえ成功しても、きっとそれは絶望なのは変わらないだろうけど。

「絶望」「絶望」「絶望」「絶望」「絶望」「絶望」

「絶望!」