極左の人生生命を終わらせる方法。

 間違えなく、俺はあの時に

精神的に殺されていた。

 大学院出身かつ共産党団体でカリスマ性もある学園インフルエンサーとそれに影響を受けた高学歴弱者のエリートたち。奴らとの政治闘争が俺の高校時代の青春だった。

 俺には分からなかった。

 奴らの精神に潜む悪意が。

 たとえば、核を持つべきか持たないべきかという論述課題を出させるが、俺はわざと核を保有するべきだと書いた。すると、かなり減点をもらい、核廃止を支持する方がほぼ満点というお話。

 その時に俺は確信に変わった。

 奴らの霞が関文学、そのレトリック、虚実の戦術に。

 基本的に、言っちゃ悪いが、ベテランちさんみたいな人間はたくさん見てきた(YouTubeコメント欄に潜む言葉だけ難しいが、空回りしている類もその類。嘘のブラフに過ぎない。)。彼自体は悪意に使っていないから、マシだけど、ある種の錯覚、

 日本史や世界史というのは、良い意味でゴミどもが行う学問というのが、俺にはハッキリとその時分かった。

 奴らの権力への欲望という尖り過ぎた牙。

 よく戦後民主主義はヌルいからダメだという話があるが、それこそヌルすぎる。

 むしろ、為政者は、いかに

弱者は「殺さずに生かして利用していこうか」と考えるのだ。

 だから、日本史や世界史は単なる為政者の作った勝手なフィクションだけど、もちろん良い面もあるけど、そんなくだらないことに正義を求める彼らの言葉は、よくよく構造主義的に理屈で見抜くとハッキリとウソだと思った。

 ひろゆきもヌルいと思う。

 本当の為政者は、優しい言葉のレトリックで大衆をはぐらかして、生かして殺そうとするのだ。

 女々しい左翼だから、バカと言っているのでは、まだ勝てない。

 テメーの手足は

どれだけ血だらけかをハッキリと言語化してあげればいいのだ。

 俺は極左教員の人脈、共産党と学年全体という人脈、大学院という圧倒的詐術の知識、これらが18才程度というゴミのような年齢差。

 とても勝てそうにない。

 だけど、奴らの油断は、俺を生かして利用し殺そうとしている彼らの悪魔と天使が混ざったトリックにあった。

 俺はあの時、コイツらに

殺されてもいいと思った。

 何遍も言うが、犯罪者は二流だ。

 だから、ある種、戦後民主主義が悪だと当然の事実を言うのは、彼らに敵というレッテルを与えられて、生かされながらずっと敵や非リアとして殺されることを意味するのだ。

 だとしたら、奴らエリートヤクザが運営するゲームの成立条件自体をひっくり返してやろうと思ったのだ。

 むしろ

奴らに殺されてもいいと。

 そしたら、早稲田やICUの生徒程度では俺を殺すことは不可能だった。

 だって、奴らの覚悟は群れて俺や他の低学歴、レトリックに騙される人間を利用しようという腹。なんでかね。たかだか知識社会の雑魚を操って楽しいのかね。

 そして、本当の正義を追求する行動、反抗を行なった。

 それももちろん市場の原理、会社の理屈的にコスパが悪いだとか俺は申したのだ。

 そしたら、全員大したことはなかった。

 だけど、結局のところ、これだけの話。 

 戦後民主主義や学校という刃で若者や低学歴を操っても、魂までは操作することは不可能なのだ。

 結局のところ、朧(おぼろ)なのだ。

 今ではそのうちの狂信者は早稲田まで行っても、箕輪厚介のセクハラに対して抗議電話までして箕輪程度の人生を終わらせようとしているという。朧。結局、群がる奴らはなんでかね、みんな雑魚ばかりでさ。雑魚なのだから、黙っていればいいのに、自分より弱いやつ、落ち目を見つけて正義を執行することしかできないのかね。

 単純に、インフルエンサーにビビっているし行動もしない君たちはヌルいのだ。

 受験で合格して就活で成功して、家族を作って。

 それはそれでいいことだから否定はしないけど、だから、為政者に食い物にされて、お互いプレイヤー同士で闘いをさせられるハメになるのだ。そして、国家の政治家に怒る始末。

 なんでなんでしょうね、君たちの茶番って。

 東大の中でドンクリの背比べをしても、埒が明かないでしょ。同時に、それは東大に入れない低学歴と東大が張り合ってもどんぐりの背比べをしても、埒が明かないでしょ。

 純に生きていないのだ。

 己の言葉で闘うとなまじしないから、食い物にされている。

 例えば、東大は旧帝大だから極右教育で、早稲田は私立だから極左教育だ。厳密には違うけど、ザックリと過去問と歴史を勉強すればわかる話。ここで大事なことは、どっちが上か下かではなくて、両方を利用し飲み込まれてはいけないのだ。東大が早稲田より上かとかどうかじゃなくて、貴方が東大と早稲田より上かということの方が重要だ。

 申し訳ないけど、大学にとって貴方は単なる駒に過ぎない。

 それが悪いのではなくて、為政者、社会を構成し羊を動かす狼の発想とは大体こういうようなもの。故に甘美な味もあるし、甘美な合格手形だけ貰って後は楽にさせてくださいで済むような話ではないのだ。

 結局のところ、為政者は、ヌルい。

 王は、ヘーゲルの言う通りに、奴隷に依存しているのだ。

 奴隷が奴隷だと自分で思い込む限り、一生、その真実のトリガーへ到達することはできない。

 死ねば助かるのに。

 なまじ助けてもらおうとまだ思っているからこそ、奴らには勝てない。

 奴らが恐れているのは、実は強者ではない。

 己の言葉でラーメンを食べて己の頭脳で考えているような人間だ。

 意外とこういう類は野心がない分、たくさんいる。

 彼ら為政者の病としてはこのような人種は怖い。避けている。

 だから、奴らに生かされようと奴らによって生かされようとまだ思っている腹、そして犯罪者にでもなってやろうとまだ思っている腹、それこそ、罠なのである。

 狂気に一晩を預ければいい。

 原始的な発想だけど、案外、才能もない非知識人でもできて効果的なんだけどなぁ…。