東大王の伊沢拓司に今から君が勝つ方法。

 冷笑ネタツイの社畜なんだよな、全てが。

 たかだが経験も実力もないたくさんの20代から時間や人生を奪っても小銭しか稼げないでしょ。メディアで雑魚どもを操っても、みみっちたいだけ。

 屁理屈抜きに伊沢さんや東大王にビビる人々、憧れる人々、威厳に負けちゃう人々の気持ちが1ミリも分からない。

 4度目の緊急事態宣言。

 伊沢さんはバンキシャに出て、自粛は素晴らしいけど、問題もあるよねと煙に巻いた中身ないポジションを取らない戯言を抜かしていた。

 そりゃあ自粛には良いこともあるし、悪いこともある。

 が、テメーは自粛を肯定する立場な番組に出ている時点で、ある種の人生殺しだ。若者潰し。20代全体をぶち倒した悪魔のような漢。

 その加害性から逃げようというのは、埒が明かない。

 キレてはいないし、極論を吹っかけているわけでも、マッチョなわけでは、ない。

 奴は単なる人形ということ。

 フォロワーがたくさんいて人形たちのお人形というヤツ自身の意志なぞないということ。

 そんな雑魚には怒る気持ちも沸かないし、興味すら沸かないし、ルサンチマンすら沸かない。

 結局、みんな逃げているだけなのだ。

 どっちが偉いというわけでは、ない。

 加害自体が悪いわけでは、ない。

 まずポジションを取り、稚拙でもいいから己の生身で語るということ。

 そういうこと自体が大事なのに、自粛するべきしないべきかを統計の問題にすり替え、日夜FAXチャートのように見たり、ネタツイ冷笑どもと同じ言説なのにインフルエンサーにまでなって

結局、泡松アカウントと同じ人生なのにそこに過剰に人生を費やす滑稽さ。

 何も始まっていない。

 冷笑ネタツイが悪いとは言っていない。

 インフルエンサーになるまでやることじゃないし、単なる二流に関心がないだけのことだ。

 マッチョでもない。

 ただ真剣にラーメンを食べればいいと言っているだけ。

 それなのに奴らはラーメンを食べるときにいちいち他人の目線を気にしたり他人から保証されたものしか食べれない、そして、

 味のまずさもうまさも保留し、全てがうまいと申すさながらゴキブリ同然の味覚。

 俺は強さ弱さを問いているのでは、ない。

 純粋に仮面を被った連中とは話をしても、無駄だと言っているだけなのだ。

 だから、本当は弱者も強者も奴らの口から出るのは全てでまかせだ。

 己の頭の中で勝手に作ったストーリー。

 当然のこと。

 自分の手足で歩いたことがないのだから、自分を忘却しているのだから、右も左も分からない。

 宮台真司派か大澤真幸派か、それ以前の話。

 結局、嘘なんだ。

 怒りを感じないことに今の時代は意味はない。むしろ怒りを感じる方が、怒りの対象自体に嫌悪していることを意味しないのだ。

 鬱病キャラや高学歴弱者、偽善インフルエンサー、冷笑ネタツイ。

 奴らの詐術がいくら理屈が正しかろうと、何も始まっていない。

 奴らは一生、

一流という呪縛から逃れられない。