身体のワクチンは必死に打つのに、どうして心のワクチンは必死で打たないの?(笑) 〜英語嫌いの僕が英語を毎日やるわけ〜

 最近、白髪が生えた。

 そっか、やっと白髪が生えたんだっ!

嬉しくなった。

 だって、わざわざ白髪が絶妙なラインでストレスをかけるように毎日YouTuberをやっていたからだ。

 ご存知だと思うが、僕はYouTuberだが、YouTuberが大嫌いだ。普段はYouTuberを見ないし、YouTuberが支配する今の権力的な価値観は吐き気がするほど最悪だと思っている節もないわけではないだろう(言っとくが細かい点では、違う。感情だけを誤読して抜き取るな)。

 とにかくYouTuberも嫌いだし、視聴者にも関心がない。

 が、黙ったままだと皆が皆YouTuberがいいと思ったり、気持ち悪い視聴者(皆ではない)にレイプされているのを見ていられないから、やらざるおえなくなったのだ。

 俺が気持ち悪い視聴者にブチ切れたフリをあえてしていたのも、うごくちゃんや三浦春馬のような被害者がこれ以上奴らによって出ないするようにしたいからだし、コロナ禍のエヴィデンスなき相次ぐ自粛は、日本全体が反知性的で橘玲の評論を読めるユーザーは生きづらくなるし、それより未来ある科学を志す若者が死滅してしまうと思ったからだ。

 優しいのではなくて、大学は名前で入らないのは当たり前であって、高等教育を受けた者が社会へ還元する義理は当たり前の話。むしろ借金を返すぐらいの当たり前の行動であって、感謝のコメントをわざわざするぐらいなら、他へ行動して社会還元するべきだ。

 本当に心底ネットが嫌いで、YouTuberをやる前はTwitterもYouTubeも殆ど見たことがない。興味がない。だって、本や古典より情報量が少ないからだ。

 ただ、キツいと同時に、

楽しい。

 だから、感情論で誤読しないでと言っている。苦しいと同時に気持ちよいのだ。

 だって、前よりは自由にネットを泳げるようになってきた。

 そして、前よりも情報吸収の効率がよくなった。なるほど、本はあくまで体系であり、実践や今のゲームの裏をかく場合は、ネットの情報収集は使える、らしい。

 前から疑問なのは、どうして命のワクチンはすぐ打つのに、心のワクチンは打たないのか?かだ。

 僕はYouTuberも大嫌いだが、女の子とのコミュニケーションもあまり好きじゃないし、英語は吐き気がするほど大嫌いだし、数学も大嫌いだし、落合陽一もあまり好きではなかった(言っとくが、今はどれも不気味にも大好きだ!)。

 だって、嫌いなものは後からチャンスをもたらすからだ。

 普段から嫌いだと食べないので、意識して食べちゃうとメリットを確実にくれるのだ。だったら、好きなことより

嫌いなことを

バンバン挑戦するべきだ。

 え?

 できるわけがないよ、って?古田が才能あるだけじゃんって?

 え?

 嫌いなことはプラグマティックに

できて当たり前だろ?

 嫌いなことは100%の利益をもたらすが、やりたくないことは確認されたはずだ。

 が、現実論として毎日100%の利益を得るのはむしろコスパがよすぎで、寝不足の落合陽一になれと等しく、いくら凄くても完全には憧れないだろう。せいぜいひろゆきや箕輪厚介がみんなの憧れだ(2人も多少の努力はしてるが)。

 だから、

たまにやればいいのだ。

1秒でもできないところを治そうと行動するだけで、70%ぐらい人生が改善するのだ。

 どうせ初めからできはしないのだから、ちょっとでも気晴らしの暇つぶしにやればいい。すると、一年間スパンで見ると、一日1秒だけでも嫌いなことに挑戦するだけで、見違えるほど効果が見えてくる。

 僕は大嫌いな英語を最近毎日勉強し治している。なぜか?YouTuberがぬるくなったからだ。哲学が自分にとってぬるくなったからだ。

 できないことができるようになることがたのしい。

 その体験自体を知りたいだけで、哲学はもう前よりはしばらく間を空けないと旨みがない。周りからいくら褒められても、頭に汗はかいていない。

 褒められるのなら、僕はなぜかモテるので気持ち悪い男よりも気持ちいい女の子、もしくは家族とはなしている方がずっと気持ちいい。

 というより、家族ともそんなに話したくないので、やっぱりどうでもいい。

 なので、やっぱりコロナにならないワクチンを打って日夜パニックでFAXチャートのようにテレビやスマホを日夜観ているんだったら、心のワクチン、多少は科学リテラシーをつけた方がずっといい。

 最低限の理系知識は食わず嫌いしてはいけないのだ。