どうしてこんなに頭の悪い時代になっちゃったんだろうね…。

  どうしてこんなに

俺の世代って

馬鹿ばかりなんだろうね…。

 君たちはどうして危機感やコンプレックスを感じないのかな…?

 イイ教訓になったよ。

無知とは最大の恥ってね。

 僕ごときが優しい人…?僕ごときがマッチョ…?

それは誤解だよ。

 初めの頃はそんな気持ちも多少あったけど、レベルの低さに本当に心底どうでも良くなったよ。そんなことは。

 しっかりしてよ。

 今の20、30代で鬱病キャラだとか自意識だとか敵か味方かとか言っている雑魚どもは

哲学や批評を一ミリも語る資格はない。

 マッチョってわけじゃないよ。

 お前らは

自己中

って言いたいんだよ。

 東浩紀さんや宮台真司さんに見下されている世代である事が、強烈に恥ずかしくて胃が毎日ムカムカするよ。世代を代表して、この歴史的に最低な言論シーンに恥ずかしくて、胃が歯千切れそうだよ!早く!終わらせてよ!この馬鹿げたレベルの低さをさぁ。

 こんなに馬鹿ばかりなのに、なおさら、いいね集めや登録者集め、及び、鬱病キャラ、高学歴弱者。

お前ら自体に優しくしたくないわけじゃない。

危機感が足りなすぎるんだよ。

 このままだと、本当に大学も、というよりも、在野の批評すらも

オワコンになっちゃうんだよ!?

 そんなに歴史修正主義で落合陽一や古市憲寿は愚かだと思う方々は、じゃあ彼らを超えるぐらいストイックに党派性を超えて行動できるのか?と問いたいね。

 もちろん個人の実存の悩みはいいよ。だけどさ、

それを言い訳に何もしない奴らに

哲学や批評を語る資格はないよ。

 もう終わりだ…。

 危機感が足りないんだよ。お前ら信者は。

 信者であるなとか鬱病キャラをやめろって言っているんじゃないよ。弱いことは直しようがない。

が、だ。

目の前で死に絶えようとしている文化があったら、それをどうにかしようだとか、むしろその危機感に気づかないのかな?

僕がセラピーに批判的に見えるのは、そんなみみっちいレベルに関心がないだけなんだよ。

だって、

もう終わっているんだから。

終わりだ。

 あのさぁ〜、

俺はメンヘラじゃーねぞ!!!

たかだか俺の最適化はどうでもいいよ!

俺自体はずっと幸福なんだよ!

たかだか俺ごときの人生の問題じゃないんだよ!これは!日本の人文知の未来がかかっているんだ!

そんなことでは日本の言論シーンは本当に

落合陽一や古市憲寿、藤井聡のあえてがなくなったら、のっぺらぼうになるぞ。

もう終わりだ。

 茶番はウンザリなだけなんだよ!レベルが低すぎるぞ!カスども!

 あ〜あ〜…。

本当にしっかりしてよ。

 こんなブログを読んでいる場合じゃねーよ。

 俺に優しいとか言っている場合じゃーねよ。

あ〜あ〜…。

結局、才能のある人間が1人出るか出ないか。

それだけかもしれないな。

 愛情だとか優しいだとか成功だとか、相変わらずどうでもいいよ。

笑っちゃうよ。

 あ〜あ〜…。

 え…?

それでもダメな僕ごときの言っている事が分からない…?

じゃあ、いいよ。

分からないまま、一生悩めばいいよ。

〈追記〉

別にこれはダメすぎて不甲斐ない自分だけが言っているんじゃあなくて、浅田彰や東浩紀、宇野常寛、大塚英志、柄谷行人、宮台真司、吉本隆明あたりまでだったらちゃんと自分が鬱病キャラでありながらも、どうにか社会の問題を解こうとかがあったわけ。仮に自分の実存が大変でも、社会を解決しようとか思うわけさ。それが哲学、批評なんだよ。

ミクロが大変だからっていうのは、マクロの話とは全く関係ないんだよ。少しでもいいんだ。恥ずかしく思わないの?

マジで在野からも知識人がこれからはいなくなっちゃうんだぜ?

これまでの世代との落差に恥ずかしくて胃がムカムカするよ。

あ〜あ〜…。

レベル低すぎ。

〈追記2〉

ダメな自分ごときが言っていい内容じゃ本来ないんだけど、あまりに教養がなさすぎるよ。まずは構造主義や分析哲学、ヘーゲルを基礎としてやってから哲学だとか批評は分かるけど、それを飛ばして鬱病キャラや高学歴弱者じゃお話しにならないよ。他意はないよ。

でも、東浩紀も宮台真司も闘ってきたんだよ。その歴史を見ずに、テキストだけで語っていても、何も思いが分かってないよ。

 もう批評は終わっていいよ。

 退屈すぎてもう終わったほうがいいよ。このレベルだったら。前座すぎるよ、今の世論は。コロナ禍もそうだけどさぁ。

 君たちにはもう期待しない。

 絶望的だ…。全く…。ありえないよ…。最低だ…。

  もし仮に、だ。

こんなおかしな状況を東浩紀や宮台真司よりも才能もなくて、ダメでダメなただ幸福な自分が最後まで抗う事ができたら…。

そんな僕を…

最後の批評家と呼んでほしい。