【仕事批評】働き方は「自分」で決める。古市憲寿 解説。

 仕事は仕事だ。

 え?当たり前の事を言っている?当たり前の事しか言っていない?

 でも、世の中の仕事論ってちょっとおかしい。

 たとえば、Twitterではブラック企業大変や大学院は儲からないと愚痴がよく書かれている。でも、ちょっと考えれば不思議な話だ。

 大企業に入らなくても、大学院に入らなくても、人生は生きる道がたくさんある。

 統計的に見た場合、大企業は数%だし、大学院に行く人間も数%のマイノリティだ。

 ということは、Twitterの自称インテリたちの言葉を拝借するのなら、

99%の働く人間は皆が不幸なのだ。

 なわけがない。

 僕はライターで好きな事をしながら働いているが、金銭は働いても微々たるものだし、静(0.01%クラスのエリート)さんはエリートだけど週5以上残業もあって働きながら階級ポジションを維持しながらも資格もちゃっかり取ってカオスフォレストの動画を毎日作っているし投資もしているしこの人はどこにエネルギーがあるんだろうか?と思っちゃう。

 静さんがエリートで成功しているのは、当たり前だが、努力ができるし、身も蓋もないが、残業ができるからだ。具体的には伏せるが、あんな凄い日本の大手でも丸一日ゴミ掃除をさせられるという事もあるのだ。彼は言う。

「掃除もプログラミングも上司とのやり取りも、仕事は仕事。どれも手を抜かないのが、ジュネラリスト、総合職だし、その延長線にカオスフォレストの動画制作や海外株式投資活動がある。はっはっ!なに、別段大した話じゃない。

たかが掃除して日給貰えるとか楽だし、官僚サラリーマンだからこそ、真面目すぎて経歴しかないゴミなのは自明だろう。だからこそ、ポートフォリオ的にリスク分散や自己実現のために、ホリエモン的なカオスフォレストや橘玲的に投資をしたり、カオスフォレスト以外にも会社以外にも力強い人脈を広げるのは、

たかがエリートという自負があるからだ。

単純に全てはメリットがあるなら、デミリットがある。そういったシンプルな純粋原理にすぎない。だからこそ、負けたくなる。挑戦もしたくなるし、勝ち故に勝ちに価値を見いだせないし、痛みが欲しいとさえ思っている。絶望こそが、希望な事だってあるのさ。それだけ自分が大した事ない人間だって分かっているという事。僕のようになりたいなら、まず才能ある人間たちに好かれるように、コミュ力をあげたり資格を取るべきだね。

 倫理、フェアネスを訴えても何も現実は変わらない。だって大学の名前だけ欲しいとか大企業で楽したいだとか、皆その程度の動機しかないんだろう?僕も同じさ。そして、大人は言葉だけは助けると言うけれど、本当は助けないよというのは、決まった相場。

なら、地道にやるしかあるまい。

だって、僕は底辺YouTuberってコメント欄の下位の低所得層の底辺たちに馬鹿にされているんだから。いや、真理だと思う。たかだが経歴はその程度の些末なものだよ。大事なことは誠実に仕事をしているか、それだけだと思う。だから、

掃除も残業も大好きなんだ。

 結局、ゲームとはその場その場のパラダイムに過ぎ得ない。だとしたら、勝ち負けより、地道に本質を見れちゃうか。

 そこが

俺の静かな哲学だと思っている」

 ロルフさん(保守批評家)だってそうだ。研究者だけでメシを食えるはずがないと始めなら開き直っている。

ロルフ「だって研究者ってクリエイターと同じギャンブラーでしょ?頭が良いんだから、国の財政や政治的に学者ごときに金を払いたくのは自明。才能と他の仕事もして多動力するしかないでしょ?」

古田「不満はないの?」

ロルフ「あるよ。そりゃあ、ある。だから、Twitterではよく話すけど、裏ではちゃんとちゃっかり努力もしている。その両輪で動かなければ、本末転倒でしょう」

古田「鬱病にならないの?だって研究者大変じゃん」

ロルフ「むしろワクワクするね。」

古田「え?」

ロルフ「だって、静や古田のように真面目に働くとかまっぴらごめんだよ。楽しいことができるんだから、ワクワクするし、現状を自分で変えるのが、研究者の才能じゃん」

 

 こう思うと、僕の周りには、優秀な人間たちが手伝ってくれているから、今がある。

 一見、才能ある人間の話に見えるが、そんな事はない。ネットやテレビでは分かりやすい成功者ばかりが拝見されるが、僕の周りにいる凄い人たちはメディア受けは悪いし、一見やっていることは地味だ。

 だけど、彼らは遥かに頭の回転が早いし、現状をしっかり見て、弱点を補うように努力している。

 もしかしたら、クリエイターになるのは、官僚サラリーマンだからこそできるかもしれないし、研究者はギャンブラーだと開き直れる器があるから、カオスフォレストをやっているのかも。

 一見すると、サラリーマンはサラリーマン、研究者は研究者、真面目は真面目、不真面目は不真面目というありきたりな話が多いけど、本当にそうだろうか?

 身も蓋もないが、デミリットがあったとは言え、僕の周りには優秀すぎる人間がたくさんいる。彼らのアドバイスを聞けば、皮膚感覚でその業界の本質が分かったりする。僕が多少、理系や美術に詳しくなったのも、彼らのおかげだ。もちろんそういったトランポリンを意識していた自分の行いのおかげもあったんだろうけど。

 僕の周りには金持ちやインテリがたくさんいるが、彼らはメディアには出てこないし、彼らはむしろ謙虚で経歴はある意味無駄だと開き直っているからこそ、色んな事に挑戦できているとさえ思う。

 古市憲寿さんの働き方は「自分」で決めるも様々な天才たちが出てくる。高校時代から札束をバックに入れる天才プログラマーやガールズコレクションを経営する敏腕コミュニケイターなどだ。

  彼らは優秀だが、紋切り型の働き方では、ない。苦労もあったし、まさに働き方は様々、なのだ。

 成功の仕方に様々な方法があるように、その成功の裏ではデミリットが当然ある。

 結局のところ、働き方は生き様なんだと思う。

 誰もホリエモンはいないし、ひろゆきはいない。意識が高くもなければ、低くもない。

 能力や業界の有無では、ない。誰だって勝ちちたいし、誰だって楽もしたい。だからこそ、正解は人の数だけある。

 仕事に勝ちも負けもない。当然、負けるのは嫌だが、事はそう単純じゃない。複雑だ。でも、だからこそ、仕事は1人1人にドラマがあって、1人1人が

主人公なのだ。

YouTuberは

甘くない!