小林俊昭は何者か?

 ゴッドである。

 〜同じ規則や表現が繰り返し現れ、そして問われていることに気づくはずです。それを、読解、文法、作文全ての分野で使えるようにすることがこの講習の目的です。暗記するのではなくて、

理解すれば

それは可能です。

integrative英語のまえがきより引用。

 このコバトシの授業は、英語そのもの、いや日本語そのものが深く深く勉強できる。受験が終わった後にも刺さるぐらい、異常に仕事にも批評にも役に立つ。現代思想的に言えば、構造主義者をたくさん産んだソシュール、コジューヴに位置する人物だろう。ちゃんと骨太にデカルトを新しくしかし古く使える形で古文辞学する予備校業界の柄谷行人かもしれない。

 たとえば、

AS.

 asといった単なる同格表現をああ単なる同格表現だと誤魔化さない。地道に堅実にかつ王道に読み尽くす。

 ASは英語の語源や歴史的に、ALL SO、全てはイコール、同じことを強調しているよ、というのが大雑把な厳密な意味らしい。whereもただどこでと漠然と読むのが普通だが、w hereとここでがそもそもの始まりだと解説する。

 一見、くだらない遠回りに見えるかもしれない。そんな些末な中学英語ごときを遠回りに理解するのって?

 違う。

 たとえば、先ほどのasは、評論のasや同格のasなど様々な意味があって確か6つほど1単語でも使い道があるのだ。

 コバトシは言う。

 君たちは中学英語を舐めていると。

 彼の授業を受けると中学英語からやりなおしをされるが、いかに丸暗記や雑に読んでいたか反省させられることになるのだ。そして、気づく。中学英語がいかに重要だったと。いや、中学英語で躓いていることに気づかずに、大学受験英語をやっていたら、それはできるわけがないよねと。

 これ、SNSやメディアにも応用できる。

 そもそも大きな哲学や社会人で躓いたり炎上している以前に、些末なところで誤読したり、感情論や曖昧すぎる表現で混乱していることがよく分かるようになる。

 今これを読んでいる後輩の諸君は是非コバトシの授業を英語や受験を超えた先まで直感的に意識して受けてほしい。どうして雑談も一切なくセルフハイグレードであんなに面白いのか?がきっと身に沁みて分かるから。

 シンプルに言えば、コバトシの授業は読解も作文もリスニングも全てをintegrative、等価だと見なす。

 つまり、日本語の使い方を意識することで、英文法を日本語や歴史の勉強に応用できるし、英文読解で使った文法を英作文や普段の仕事で応用できるし、ジャンル分けをせずにただ文法を語るだけで全ジャンルの本質を突いた深すぎる解説をするのだ。

 コバトシの授業はすぐに英語が伸びないし、コバトシの授業をウケずとも東大に受かるやつは受かる。

 が、人生の大きいスパンでは彼の授業は確実に役に立つし、文系大学に行くなら次の語学選択時にコバトシの発想を思い出したり、就活や仕事でもあのintegrativeな発想は役に立つはずだ。ラーメンを食べているときも、哲学だし、読書していない時間こそ、読書に役に立つ。

 この無駄のない彼の冷たい淡々とした授業はシャープで、熱い。

 氷のような情熱は、彼の地味なる英文法解説にピッタリだ。

〈追記〉

 ↑

1講習で1冊ノートを使い倒すほどの情報量、深すぎる読解。ここまでくると哲学や批評、普段の日常における読解そのものの把握を知れる。

なおtheやaといった冠詞だけで1日が終わることも。本当に中学英語をちゃんとやっているのか?本当に宮台真司や東浩紀そのものを読んでいるのか?センシティブなのではなくて、無意識の言語化を把握したり誤読がある故でいかに誤読を減らすか?などバラバラだった読解や作文、文法が、全て等価だったと気付かされる。

 っすか…?