【仕事真論】仕事に才能はいらない。

仕事をする時に、

読書は必要ない。

 仕事で困っているという事は、能力を増やす意識高い系になる必要はないのだ。困っていると仕事で充実したかは違っていて、落合陽一やビジネス本は後者に生かせても、前者の仕事で困っているにはいかせない。

 が、ここで鬱病だからどうにかしようや働くても生きていけるはむしろ危険だ。

 借金玉は早稲田だし会社経営者だったし、えらいてんちょうもプロ奢られやー、レンタルなんにもしない人もコミュ力が高すぎる。

 そもそも仕事は生きていく上で必要な単なる手段。とにかくこなせればいいのだし、大多数の人間に任せるのが仕事なので、常識的な事が単に仕事ができない人はできていないのだ。

 たとえば、締め切りを守ったり、きた情報を暗記したり。同じことをひたすら繰り返したり。

 が、これが難しい事を難しいと自覚する事がむしろ役に立つ気がする。

 わざわざ仕事で自己実現する必要はない。そもそもどの仕事も雑用はあって、正直、落合陽一の過労ぶりを観ても、エンターテインメントの方がくだらない雑務をたくさん任されるという訳のわからぬ話がある。落合陽一さんは凄いが、雑用もできるから落合陽一は落合陽一であって、雑用ができるからヒカキンはヒカキンなのだ。

 そして、受験勉強と部活という一見はくだらないものが同レベルの仕事で活かせる場面が多い。

 ライターもプログラマーもレジ打ちも、コミュニケーションと理屈、暗記、この3つを文章でやるか機械でやるか、レジでやるか、の違いに過ぎず、

仕事ができちゃう人間はライターもプログラマーもレジ打ちもできるし、仕事ができない人間はライターもプログラマーもレジ打ちもできないのだ。

 職業やジャンルは平均レベルでは基本的に虚像だ。

 仕事で困っているという事は基礎的な体力や出し抜き方が足りないという事なのだ。

 が、ここで大事な事は、じゃあできなくてもいいのではないかという事でもある。

 変に仕事を無理してやって消耗するぐらいなら、鬱病キャラ(他意なし)など捨てて、仕事はできないけど、はじめからできないしできないラインで頑張っていこうと等身大からなれる。クライアントも迷惑なのは、等身大に達していない場合だ。

 そもそもクライアントがコミュ障の場合もあり、アクシデントはつきものだ。

 が、仕事はそんなもんだし、学歴もそんなもんだし、有名人もそんなもんと気づいた方が、

本当に素朴な仕事や大学、有名人になるメリットに気づけるだろう。

 極端に仕事礼賛しても意味ないし極端に仕事否定しても意味はない。

 できないのならできないなりに頑張ればいいし、できるならできるなりに頑張ればいい。

 それだけなのだ。