宮台真司思想への敗北は俺様の可能性を広げた。「母親」の「愛情」だけが欲しかった。哲学知識もいいねもお金も学歴も仕事もブランドもこんなのはいらなかった。

本当の「いいね」

だけが

欲しかった。

もしくはずっと無視しないで真剣に説教してほしかった。真剣に敗北もしたかった。真剣に愛されないなら、怒っても欲しかったが、一ミリも興味がなく、リベラルな仕事ばかり母親は頑張って俺様を無視ばかりしてた。

能力に関係なく、

母親には

褒めて≒貶してほしかったのかもしれない。

 心底、哲学書も文学も物理学も数学もいいねも学歴も就活も仕事もスポーツも本当に興味がない。ただ頑張らないと、勝たないと勝っている自分じゃないと母親は褒めてくれなかった。

 正しくなくても、間違えてもいても、母親だけにはどんな時でも助けてほしかった。

 だから、能力があっても心底、読書にも興味がないし学歴も仕事も就活も評価経済も貨幣経済も心底興味がないのかもしれない。母親がいないから、自力でやるしかないのだ。

 とにかく母親がいないからこそ、皮肉な事だが、能力を憎みながら能力が高いのかもしれない。

 本当にいいねもRTも有名人にも人気者にも金にも知識にも興味がそんなにない。

 勝つ事に本当に関心がないのだ。

 結局、人は皆、偏りがあって、完璧な人間はいないのかもしれない。そんな偏った母親もまた何かを抱えたからこそ、俺様へああなったし、あんな母親がいたからこそ、今の高水準の俺様が存在するのだろう。

 才能が有ることはひっくり返すと、何かでは凡人なのだ。それは強烈な飢えが才能を刺激するかもしれないし、仮に母親から愛されすぎるのもすぎるで、社会で生きていけず問題だ。

 が、俺様が心底、いいねも金銭も見返り無しで相手を助けたいのもあんな母親のようなやつになってたまるかという気持ちがあったのかもしれない。だから、母親と違って仮にナンパで偽善でも偽善をしっかり貫こうとした宮台真司の生き方には個人的な感情だけがキツかったのかもしれない。

 どんな天才だってザラには生きていない。

 才能が飢えから発生するし、負けがあるから勝ちがあんだろ。

 俺はちゃんと母さんに向き合ったよ。

 だから、こんなに難しい本が代わりにたくさん読めるようになった。

 ありがとう

 母さんー。