YouTubeもTwitterも視聴者もYouTuberも古田更一も本気で終わっているのでもはや冷笑する気すらおきない。

 ガチでインフルエンサーは目指しちゃダメ。

 素朴に集めた視聴者、まだ信頼が軽くはできる他人じゃないとホンマに危険。

 半年立つが、冗談抜きで勝ち負けに対する執着心が過剰すぎるほど薄れてきている自分の変化に驚いている。

 今後、量的な承認欲求の偽善=露悪は単なるカルトとして差別化できず縮小していって、むしろ完全に露悪以上に他人に興味ない質的な善こそが残っていく気がする。YouTuberで量稼いでもキチと寂しがり屋ばかりだから毎秒相手するには自分自体が病んだ病人な必要があるしTwitterは明日には忘れるしそんな姿勢なボケどもがわくし、結局、マーケティングは一切やらないことがマーケティングだよねという今までの手法になる気がしている(YouTuberもブログのアクセスも無戦略)。

ジメジメした冷笑は

赤ちゃん

なんだよね。

 ジメジメしている冷笑なのか、スッカッとした冷笑かが重要で、ジメジメしていたりネチョネチョベタベタしている気持ち悪い冷笑系は話にならない。

 坂口章や安藤チャンネル、遠藤チャンネルは芸があるけど、ただぐにゃらぐにゃらと不謹慎をやって勝つのは、いいね集めと一緒。

 たとえば、ヒカキンはバカって言おうと思えば言えるじゃん。だけど、遠藤チャンネルはシュールな感じがあるから、勝ちたいから言っているわけではないし、その後にどうするかが重要なんだよね。そもそもYouTuberは皆かるそうなキャラ、バカを演じる天才たちばかりなんだから、素朴にはラファエルやシバターもキャラだけなら、バカでしょう。

 なので、意味ないし、

 まあ結局、偏差値50未満かつ日本語が読めない人々はたくさんいるわけで、仲が良い人ならともかく量で他人と仲良くしようと思うのは無理があるのよね。

 というわけで、本当にYouTuberで心底成功したくない絶望の為にあえてやっているのはマジであって、YouTubeをやればやるほど心の底からああYouTuberを素朴にガチでやらなくてよかったと心底思う。

 Twitterも大概だけど、YouTubeはより大変な物が可視化されていて、ただ2chの汚さを皆が偽善的な表面だけは取り繕うのが上手いだけで、内実は、2chより悪質になっている。

 ただ、だからこそ、SNSは気楽にやればいいのさ〜があって、後に

SNSは偽善も露悪もどっちもオワコンになると思う。

だって、どっちもつまらんもん。

それよりかは、質で偽善的か露悪的かであって、本質、善にも悪にも見える、もしくは善にも悪にも見えないどちらかが重要になってくる気がする。

 だから、コミュニケーションをしないこともコミュニケーションなのだという事実が大事になる気もしている、良くも悪くも。

 改めてSNSは肥大化した誇大妄想が悪い意味に暴走して、巧妙なのが偽善で、彼らに依存するのが冷笑という共依存関係になっている。

 大事なことはどちらかになりながらも、マジで派閥とかどうでもいいのだと開き直りながらやるしかないことだろう。

 意味のない事があまりに多すぎるので、終わっている古田同様終わっている視聴者たち同様に、ここに未来も希望もない絶望だからこそ、むしろヘラヘラと素朴な偽善をやる意味はあるし、いちいち気にする必要はないということを明示しておく。