批評系YouTuberだけがナゼ最強なのか?

 だって、

偽物が

本物に

負ける道理

ってないでしょ?

 ねぇ?そうだと思わない?

 一番強いのは、本物の天才的作者じゃなくて偽物のコメ欄に渦巻く偽物のボケどもじゃないの?

 ミステリーの大家『そして誰もいなくなった』のエリザベスは、作者は読者の奴隷って宣言したけど、口出す読者、批評家の方がノーリスクで採点できる分、いつでも安定して偉いに決まってんだよ。

 そう。偉い!作者なんかよりもプロよりもずっとずっと読者の方が偉いしアマの方が偉い。

 つーか、優しい?

 優しい俺様たちが正しいんだよ。プロや作者は強者だからダメなんだ、ダメのダメのダメのダメのダメのダメのダメのダメのダメのダメのダメのダメの…、

なわけないでしょ、

負け犬たち。

 YouTuberもコメ欄も読者も一生負け犬だよ。だってノーリスクで人生自体を匿名で批評すんだから、代わりは誰でもいるし、自分で自分を負け犬って言っているようなもんだ。

 結局、ヘーゲルの言う通り、シュシュとクネヒト、奴隷と王様、SとM、それらは共依存関係で大事な事は、

王様は奴隷がいるからこそ、偉いんだし、

奴隷は王様を褒めるからこそ、馬鹿なんだよ。

逆に言えば、作者も読者も俺様からするとどっちも雑魚なんだよ。

 じゃあどうすればいいのか?

 王様=奴隷も男も女も東浩紀も東浩紀読者も皆悪平等にメタメタのメタメタにやっつけちゃえばいい!

 批評の批評ー。

 これが批評系YouTuberだ。

 最強の読者、最強の視聴者、つまり!最強のメタのメタ。批評系YouTuberまでいったらメタな批評のプロのメタな素人芸を更に俺様なら採点批評でメタるんだしそんな古田更一、俺様時代に絶望してメタるし絶望主義にすら絶望しているんだから、

メタメタのメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタメタ…、

メタ×メタ=偽物の偽物はもはや途中式は偽物でありながらも、対偶的に本物ってことだよね? 

 つまり、メタ、相対的ジャンルのより相対化なんだから、より激しく強いに決まっているぜ。素朴なあまりに素朴な、反省も忘れた本物なんかより、ね。

 哲学は普遍命題を探求する神に近い学問なのなら、

 その神すら

チョコにして

ちょこっと

食べちゃいたい。

 …。戯言だけど、本当の本当だと思わないか?

 チープな相対主義を極めた先に、偽物の徹底が本物に負ける道理なんてあるはずがないさ。

 偽物と本物。

 2つの才能がぶつかる時に、勝ち負けはまだ決まっちゃいない。勝ち負け以前で、偽物か本物か言われるだけで、

勝ってしまえば、

本物だろ?

 そもそもYouTuberは9割中身がないため、本物が1人もほぼいないけど、だからって、偽物が本物の実力に負ける道理ってあるかい?

 偽善と露悪すら取り壊し、批評の批評の批評の徹底でやり尽くした先の絶対零度、絶対的壁を見てしまえば、

古田更一は

東浩紀や

落合陽一なんか

より

本物と

言えるん

じゃないかな?

 仮に偽物だとしても

 本物に偽物が負ける道理は存在しない。

 というより、

本物だって、ただの…

戯言だろー。