【はじめまして】【絶望主義者】の【古田更一】です。あだ名リアル【球磨川禊】という呪いを受け入れる覚悟。人はキャラという病から逃れないなら。自分から逃げたツケを払う。

自分なんか

どうでもいいぜ。

 だって自己に直面する事は、

 キツいぜ。

 俺様は超天才だから、東浩紀や浅田彰になれるし同類だと思っていたが、それが改めて間違いだということに気付かされた。

 球磨川禊とか

 マジでどうでもいい。

 西尾維新もそんなに読んだことないし、めだかボックスは最近読んだぐらいだ。

 中学生時代に言われた取り分け興味ない自己、あだ名、名付けという病にキツい危険すぎるラカンの精神分析を自分へ当てはめる必要性が出てきやがった。ふざけるな。

 が、他人なら見える見たくないクソゲーな自己像と割と真剣に向き合わないといけねーなと反省してきた。

何が酷いか酷くないかは分からないが、近く似ているらしい。

 浅田彰のシラケつつノり、ノリつつシラケるは一見、相対主義を謳っているようで、逆だった。

どうやら極限の相対主義は反転して本物の絶望的な絶対主義、勝ち負けを超えた痛みのある強度に到達するらしい。

偽善=露悪の表面的な相対主義を乗り越えた本当の絶対主義、デミリットもメリットも感受する性格、ブレない本物キャラ、本物の強度が底にある事に気付かされた。

 俺様は浅田彰の構造と力を読んで、苦しく嬉しいよ。人生で初めて

負けたからだ。

こんな変な奴じゃなくて、まっとうな本読みだし、東浩紀のようなヌルい弱者に素朴に優しいやつだと勘違いしていたし、相対化しようにもしようにも相対化できないキャラ、性格がより濃くなってきた。

 あえて冷笑主義をしているつもりが、冷笑主義の冷笑主義まで加速していって、絶望主義者、メタプレイヤーであることにも良くも悪くも気付かされた。

 どこまでいっても他人とのコミュニケーションで完全に優位に立つことは不可能だ。

 議論で勝てば勝つほどつまらないし議論で負ければ負けるほど負け方がキャラに合ってれば、嬉しかった。

 宮台真司さんの強度だけに人生で一番負けたのが、悔しい。

 はじめてこんなに自分と違う才能のある人間に出会えた事がたまらなく、悔しい。

 周りから見たら欲しがる容姿や環境、学歴、就活、友人、情報社会に流されない思考、理系文系美術スポーツありとあらゆるジャンルを斬れる万能知性、

全部いらない。

 とにかく人生ではじめておいおい泣いちゃうほど、悔しかった。

 こんな感情ははじめてだよ。

超ムカついた。

 地球上で唯一自分が持ってないものを確実に持っていて、つゆほども羨ましくないが、

俺様が俺様を負けたと主観的にはじめて思う経験はそうそうない。

俺様が人生で負けるはずがない。

ふざけるな。

 理屈では分かっていたはずなのに。

だけど、才能と経験が足りなくて勝てなかったことが、いつもの発想が通用しなかったことがたまらなく悔しい。ちゃんと新人類やその文化まで勉強したのに、東浩紀や落合陽一、あいつらのバイアスを受けた世代だから埋められないものが時代的な壁にあって、どんなに努力してもどんなに努力してもどんなに努力してもどんなに努力してもどんなに努力してもどんな努力してもどんなに努力してもどんなに努力してもどんなに努力しても

分からないことが悔しい。

いや理屈や言葉でそれが分かっても、俺様が俺様自体に欠けているものを感じたから悔しい。

 俺様は俺様が完璧に近い人間だと二十歳前まで思っていたし、世間の人間たちの困難も乗り越えているはずだった。

 が、

俺様は

負けていた

らしい。

 俺様はどうやらまだ生きたい。

 苦しみたい。

 はじめてだよ、こんなに僕が僕自身の手足で立って頭が熱くなるような瞬間は。

 勝ちたい。

 僕なんだ。

 周りがどうこう言おうとどうでもいい。僕だ、僕だけなんだ。

 審判は僕だけなんだ!他人なんかどうでもいい!

 だからこそっ、

強い僕が弱い僕を認めるためにも、周りがどうこう言おうと、

僕らしくカッコよく無様に勝ちたい。

人生ではじめて人間程度に負けた。こんなに頑張ったし才能もあるのに、負けた。分からないことがあることが、負けた。負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた、負けた。

負けた。

鬱病になるまで不愉快なところまで潜る覚悟が出来た。

…。

「僕なんかに言わせるなよ。

お前自身が実は大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きな好きな好きな

文学や哲学、批評、芸術を

お前自身が実は宮台真司と比べた場合に侮辱していたんだぜ。

怒って言い返せよ腰抜け野郎」

「言い返す言葉なんてないよ。

リア充が

非リアに

勝つ。」

ただリア充すぎた僕よりもよりもリア充だった人間が勝っただけなんだ。

「そうやって、論理に逃げるのは関心しないな。追い詰められたら都合よく弱者ぶるのは悪い癖だぜ?」

「…」

「どうせ文学なんて、フィクションなんだよ。他人からの目線もフィクションだし、ましてやこの敗北は無双したお前自身しか感じ取っていない極度の主観だ。誰も君の意見を本当に分かるヤツなんかいやしないさ、主観だし、文学なんて、

フィクション

なんだからねっ!」

「…」

「だからこそ…、もう生きて生きようと勝とうと勝とうとしないで、

死にさがいながら鬱病になりながら、言ってごごらん?」

僕の世代は、

人間不信の時代だ!

誰も他人を必要としていないし分かろうとしない。

表面的な偽善と露悪、それらを超越したインテリの僕だけがいる淋しい奴らだ。

僕も淋しいよ。

 淋しいことが寂しくないことが淋しいし、愛したいことを愛したくないことを愛したくない。

 本当に本当に他人を愛したいし、いや、そんなことより、

本当に

他人と

喧嘩したい。

 本当の本当に本当の本当に

他人に

嫌われたい。

素朴な悪意を通り越した生身の感情を知りたいし、

こんなディストピアで開き直りながらもどこか満足できないSNSの馬鹿どもみたいになりたくない。

本当に本当に本当に

他人に

傷つけられて

泣きたい。

負けたい。

 だけど、そんな欠けた自分、神の作者にはなれない孤立したキャラ、

そんなヘーゲル的ゲームの道化、

弱者でありながら、

弱者だった自分の生きた体験を無かったことにしてはならない!

俺様は俺様なんだ!生きてる証なんだ!俺様の人生は俺様しか体験できない俺様だけが愉しめる最高の王様ゲームなんだ!

非リアだった事実を抱えながら、

リア充には成し遂げられない

非リアだからこその真なるリア充に

僕はなりたい!

僕は哲学が好きだ、文学が好きだ、芸術が好きだ、女の子が好きだぜ。

 皆みたいに大人ぶって自分の病から逃げて、鬱病にならない茶番は卒業だ。

 僕は僕である愚かさから逃げないし、これからも間違い続けるし、葛藤し続ける。

 もう余興は終了だ。

本音、全開でいくぜ。

僕は自分の弱い絶対的なキャラをむき出しにしてまで生き抜くぜ。

もう仮面は脱いだ。

虚言は捨てた。

次は負けない。

人生で負けても他人からイジられようと

古田更一は

古田更一だー。

絶望

主義!!!!!!!!!!!!!!!!!