【本を読まないで努力もせず今から頭が良くなる方法】古田更一はなぜ自宅に大大大好きなミルクティーを置かないのか?【24時間反読書術。食事編】

 24時間、

哲学をしたい

からである。

 読書?

 読書風情で頭が良くなれるはずがない!時間のたくさんある学生、学生という身分で守られている時期だけしか読書による頭良くすることは通用しない!

 なぜなら、社会人は忙しくて、合間を練らないと本は読めないからである!動画投稿もそうだ!社会人はある種忙しいというリスクがあるのだ。むしろ社会人以後は、いかに少ない時間内に本を読むか、ブログを書くか、動画投稿をするかというゲームへスライドしている(ラファエルの神本はYouTube哲学としては至高)。

 じゃあいつ哲学をやるのか…。

今でしょ!?

 ユーキャン・ドウイット!

 そうだ、そうだ、今しかないのだ。

 だから、俺様は思想としてのグルメとして飲食時間や睡眠時間まで最適化していて、無意識化で思考するように仕組み化している。

 24時間努力すれば

 飲食や睡眠時間を哲学にしてしまえば

わざわざ

本を読む必要は

なくなるのである。

 プロは読みべきだが、普段の視聴者は土日や1冊を精読するだけで結構。読書ができないのなら、普段の生活を哲学にすればいいだけだ、

サバイバルこそ哲学だ。

 できるわけがない?

 じゃあ本当に頭使って、本たくさん読んでいるのかよ!?

 本当に大事なことは、頭を使っているかが重要であって、頭を使わなければ、本をたくさん読んでも、wikiやTEDを見ても意味はないのだ。今は情報はたくさんある。大事なことは、頭の使い方である。

 ただ、体育会系な努力の仕方では無い。

 むしろ飲食を愉しむ工夫こそが、知恵を使うし知恵熱を働かすのなら、これを徹底的に極めて、哲学的な脳みそを鍛えればいいのだ!

 普段の素朴な快楽、飲食と睡眠なら、努力できて当然なのである。うつ病でも才能なくても誰もが食べて寝ているからだ。

 たとえば、ミルクティーを俺は自宅に置かない。

 ミルクティーは俺様にとって、娯楽、遊びの飲料、サボり、ダラダラ、非哲学キャラをやりたいときに飲むものだからだ。

 だからこそ、わざとたまに飲むことにしたら?

 ぷっしゃ〜!

 途端に哲学キャラが解けて、うまい具合にトロ顔になることで絶頂にいけちゃうのだよ。

 こんな工夫、頭を使って現象学や考現学、プラグマティズムするだけで、24時間努力量を稼げるし、幸福度も徐々に上がっていく。

 だからこそ、いかにうまるちゃん、だらけるか?も哲学や本読み、いや頭良くなるためには必要なのだ。

頭が良くなるには、

愉しい頭が悪い飲食や睡眠時間こそ

「真剣に」「考えて」やるべきなのだ。

 漠然と読みまくるのも漠然とお菓子を食べまくるのも、張り合いのバランスが悪くなる。

 むしろ哲学すればするほど、ジュースは美味くなるし、漠然と毎日本を読みジュースを飲むと、ありがたみが分からなくなるし、

 ジュースを飲む感動≒哲学をする感動

が同じことを忘れて薄れていく。

 ジュースをしっかり愉しめる奴は自然と自宅のジュースはまた私とは違っても、自然と厳選されたものになる。

 ようは、頭を使っているかが重要であって、本というレイヤーだけに漠然と頼るのは、いいねや視聴者の数に依存しているのと同じことだ。学校の先生から強制された本はつまらないと同様、ただ本を読んでいるだけでは、幸福になれなくて当然だ、睡眠時には暗記したデータファイルしか持っていけないからだ(応用として音読で意味も分からずとも!全文を叩き込んで、睡眠時に考える最強のお手軽方法もあるが、難点もあるし、説明が必要のため、次回に回す…)。

 ワイズになるのではなくて、スマートにならねばならない。

 今日は久々のミルクティーなのだ、

 あわわわわわわわわわ〜!!!!!