中学校部活でのあだ名は「かっこよくない球磨川禊」。だからこそ、才能なんかがなくても、負ける気がしないんだ。僕はかっこよくないけど、きっと幸運に愛されているのだから。

  僕はちょっとオツムの足りない普通の中学生だった。

  入りたい部活なんかなかった。

  そもそも

やりたいことってあるのか…?

  人は何かをしようと急かさせて生きているけれど、親に流されてそこそこの金持ち進学校に入試で受かって、僕はただの凡人で何もやりたいことがなかったので、親父がやっているスポーツをやっておけばそのうちになんとかなるだろうなって思ったのだ。

 僕はどの科目もいつも計算された通りに平均点よりちょい上か下しかないし、数学と算数が毎回平均以上を努力しなくてもできただけで、というか、いつも授業中は基本的に寝ていたので(学校は社会ほど厳しくないからこそ寝ても赤点取っても許されるらしいよ)、学校は才能ある皆を人間観察する事だけが一番の勉強だった気がする

 才能は自ら信じて表現する力がなければ一ミリも始まらない。

 だから、努力と才能は比例するんだ。

 僕はね、才能がある人間が好きなだけであって、僕自体には才能なんてこれっぽちもないんだよ。

 僕自体は何も興味がないんだ。

 だからこそ!才能あふれる皆の希望あふれるテーゼを編集する事にこそやりがいを見出しているんだ。

 そうえば、カオスフォレストのお戦友、静くんもロルフくんも僕を全く褒めてくれないぐらいに僕を冷笑している。

 ロルフがクソなのは自明だが、静に至ってはもっと酷くて、古田更一を一言で褒めるとしたら何さ?って聞いたら、

「最強の

ひねくれ者」

 って一言で返された。当たり前のことをいつも言っているだけなのに、本当に酷いと思った。

 だって、

僕ほどの凡人は

世界に

いないだろ?

 才能は何かを信じて演じ切る力が必要なんだ。僕にはそんな体力はないし、人生の劣等生だってことは痛いほど自覚しているさ。それだけ僕がカスでキモくてクズでゲボでゴミである前提は確かに分かるけど、まあ

気楽で

いいだろ…?

 才能が憎いんだよ。才能や哲学、文学、芸術、数学、政治、家族、、、、、、、、、

ありとあらゆる肯定の言葉が僕たちを苦しめていると思うんだ。

 人間に必要なのは、才能よりもプラグマティズム、要は実務的な幸福だと僕は確信している。数学が世界クラスにできる超高校級の親友の友人、今の自分よりも頭の良い親友、マルクス主義を大学院レベルまでやっている級友たち、声優で成功している元クラスメイト、天皇の親戚、金持ちの息子娘たち、部活トップクラス、東大へ入る人はいなかったけど、様々な偏ったジャンルに尖った人間がたくさんいて、僕なんかただのモブだった。

 だけど、彼ら彼女らが本当に幸福だったのか?と言えば、僕は違うと思ってた。むしろ声優やマルクス、数学の方々は絶望的な穴を匂わせていたし、金持ちのボンボンはボンボンで甘やかされて育ったから物事を観察する目がダメダメになっていた。

 シラけつつノり、ノりつつシラける。

 絶対的な才能なんか求めちゃうから、人は苦しむんだ。

 はっはっ!

 だけど、同時にそんな才能あふれる皆のことが今でも大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大大

大好きであるってことは自明の話だよ。そうじゃなければ、批評史で超最強級の天才たちを扱ったりしないでしょ…。

 憎いと

 同時に

 称賛する。

 幸福と才能は比例しないのだから、これは世界愛が至高する僕としては当たり前の感情なんだよ。

 この世界のパラドクスをパラドクスのまま僕は歩むしかないんだと決断するしかないのだから。

 そうそう…、部活の話をしたのは、今でも覚えている中学2年の頃の話なのだ…。

 バットやクラブでボールを打つ時に、僕はそれまでフルスイングで撃っていたのをやめて、

ひたすら

ゴロばかり

1日中意識して

1日中

撃ちまくった

(実話)。

 だって…、

 ただ勝っても

皆つまらない

だろ…?

 完璧を計算された通りに目指したところで凡人か「計算された天才?」にしかならない。だったら、ゴロを意識して撃ったら何か変わるんじゃないかって思ったのだった(そもそも意識している時点でダメだという事に気づいていなかった…)。

 今ほど世界が分かっていなかったし素直だったので、あまりに凡人じみたことをやっていたら、周りから怒られたり変にイジられるハメになった。

部活仲間A「おい!リアル球磨川禊!」

(当時は西尾維新を知らなかったから何を言っているか、そしてイタいヤツということも分からなかった…)

古田更一「どうしたの?毎日勝っていて何なるのさ?僕がこうやってたくさんゴロを打つ事で一番みんなの中で負けてあげているんだから、感謝して欲しいぐらいだよ。退屈なんだよ、こんな毎日いいスイングなんかやってさ。つまらない、つまらない、つまらない。それより圧倒的な奇跡を見た方が面白いだろ?それに僕がこうやって下手なスイングをしてあげることで、皆は一番の敗北を味わなくていい。第一、僕がこうやって不幸になるだけで、誰かが幸福になっているかもしれないじゃないか!…………」(早口長文)

部活仲間B「キ、気持ち悪りぃな…」

部活仲間A「屁理屈はいいから、しっかりと撃てよ!空気が澱むんだよ…」

古田更一「分かったよ、分かってますよ〜…。僕みたいな才能のないゴミみたいなモブが下手な思弁をスポーツで表現しちゃいけないって言うんだろ?そりゃあ〜そうだよね〜…、どうせ僕は〜言葉と動物的な運動能力だけが空回りして何をやっても、自分の世界観で勝負してしまって、どれもそこそここなせるからこそ、一流になれない二流止まりの予め敗北を決定され続けたモブのクズだからね〜、こうやって僕みたいなクズに話してくれるだけで嬉しいっていえば嬉しいけどさぁ〜…、」

部活仲間A「皮肉はやめろよ!」

古田更一「え…?僕と君は友達だろ…?だからこんなに親身になって鬱陶しく他人に話してくれるんじゃあないの…?」

部活仲間A「むしろウゼーから話しているんだよ。真面目にやれよ!」

古田更一「はっは…、いつも練習をサボる来ていない勝負する放棄した連中へ言ってほしい言葉だな…それ。

まあ僕みたいな才能のないクズには本当の友達なんていないし、必要じゃない身分だってことはわかってますよ〜、そりゃあね〜…。

 じゃあハッキリと言ってやろう!

そもそもスポーツって区分が僕は嫌なんだ!(バットを地面に叩きつける!その時はもっと客観視ができてないからムカムカしてた)

才能あふれる

君らは

たかだかスポーツ

その程度ごとき

の区分で

満足できるの

かい!?

僕はね、哲学書やカイジで学んだエッセンスをスポーツにも応用した方がもっと才能あふれるエンターショーになるって確信してる!僕は人生で一度たりとも努力したことはないよ!ただ全ては繋がっていて、他で学んだ体験、エッセンスを応用すれば世界を見通すことができるんだって。それだけを証明してきただけなんだ。いいのかい!?才能はもっと輝くヒントがあるんだってことを見ようとしないで…?先生は分かっていないんだよ…、君たちは自由な翼を失っている。自らによる主体性的な天地創造を忘れちゃっていると思うんだけど…」(早口長文)

部活仲間A「いいから!ちゃんと撃て!」

古田更一「主体的に意識して…、つまりさぁ、ちゃんと撃ってゴロを撃っているんだけど…。別にスポーツに関心がないわけじゃあないよ。ただ、つまらないんだ…。君たちは感じないのかい?この程度のイメージでは満足できない。満たされない。別に僕みたいな人間が勝ちたいってわけじゃないよ!逆さ、僕だけはいつだって負けてもいいって思っている。ただ才能あふれる皆をもっと有効活用した方がいいって…、それだけの話をしているだけなんだよ!僕みたいなカスはいいけど、才能あふれる皆はもっともっともっと幸福になるべきなんだって…」

部活仲間B「まあほっとけばいいんじゃない…。変な奴でも生きていけるんだからさぁ…」

古田更一「第一、サボっている連中の方こそクズだろう!?僕は来ているだけでも偉いと思うんだけど…」

部活仲間A「その通りだけど、なんか来ている分、余計にムカつくんだよな!」

古田更一「はいはい…、どうせ僕はクズですよ…、敵対する人間の前にわざわざ好意を持って現れたら余計にディスられるクズですよ…、こんな僕は部活をサボる人間よりもクズ扱いされるのは気に入らないけどね…」

 終始こんなことはよくある話だった。

 だけど、そうだろ?

 君らだって本当は分かっているはずだ。

 才能って

 いうのは、

 邪魔なんだよ!

 早口を制限されて長文も制限されて、ただただ相手に合わせる言語コードにしないとならないっていうこの屈辱…。

 第一、日本語って言語自体疑わしいものだよね〜…、ああ〜誤字脱字ばっかってロルフさんにいつもイジられるほど僕はやっぱりカスでキモくてクズでゲボでゴミなんだろうね、ああ〜、こんなにいつもベタベタと一緒につるんでいる戦友たちにもこうやって馬鹿にされているんだろうから、僕は本当にダメなんだろうね…。能力の高さはあるし友達なんかいらないって思うけど、親友だと思っていた彼らからも好意の言葉って本当にないんだよ!ただただ才能だけを褒めるか畏怖するぐらいでさぁ〜、ああ〜ホントッ!ロルフくんや静くんの偽善者っぷりには反吐が出てきやがるなぁ〜。おっと!僕たちは仲間だった!仲間だったね!彼らからたとえ嫌われているけれど僕だけは「彼らの才能」「だけ」を愛していることだけは信用して欲しい!

 とにかく才能は邪魔なんだよ!

 成功を約束してくれるといういつ希望をくれるか分からないものに振り回されるよりも、

 生きている

 そのものを

ただ愛するべきだ

と僕は思うんだよ。

  だって…、スマホを開けば毎秒エンドレス囁いてくる

幸福に溢れちゃっている素晴らしいシンガーたちが言っているよね?

「生きているって素晴らしいー」

 だったら!そうすべきだよね!?

 え…?僕がおかしいの?!それとも幸福に溢れちゃっている素晴らしいシンガーがおかしいの?

 結論は置いておこうか。

 とにかく、モブな自分でも生きてきて幸福だったなぁ!って毎日思っちゃっている!

 だって、僕は幸運に愛されているよ!

 いつだって才能あふれる人間たちが僕の周りを囲ってきて僕に問いを授けてきてくれたんだからさぁ!

 はっはっは!!!

 才能って憎いと同時に幸せだよね!

 だからこそ言わせてほしい。

 才能なんか

いらないんだ。

 だって、モブみたいな僕でもこんな幸福で生きていけているし、

 才能があるからこそ普通の幸福はなくても、

絶望が混ざりながらも、いや!だからこそ希望あふれる幸福を獲得する東浩紀さんやうごくちゃんのような幸福だって正解だ。

 ってなると才能に依存する世話はないけれど、各人それぞれのドラマが用意されているんだなって自らレイアウトすべきだよねと…。

 幸福には答えはない。

 自らの決断と意志でクリエイティブに創造するしかないんだ。

 はっはっ…、伏線回収っと。部活の件ね…。

 希望あふれる皆のことが大好きだからこそ、宣言しておこう。

 才能なんかなくたって、僕は君たちに負ける気がしないんだ。

 だって、今、幸福である自分を破壊する徒労な努力をわざわざしちゃうほど、僕は才能や幸福のその先にあるものに

気づいている

のだから。