部活も受験も仕事も「真剣に」頑張るな。〜哲学好きの僕こそサッカーやゴルフが得意なわけ〜

 能力主義こそが

 危険かも

 しれない。

 そもそも前提として頑張っても成果が上がらないものまで頑張る必要があるのか?と問いたい。

 何も弱者として開き直れと言っているのではない。

 むしろ弱者で疲れている方こそ僕から見ると強者に見えることがある。

 たとえば、部活を真剣にやりたい人がいるだろうか?

 本当の本当にやりたい人はいるか?

 ならば、入学以前から卒業以後からもテニスを続けるだろう。

 周りの目線があって入ったかもしれないし、気まぐれで入ったかもしれない。

 じゃあイヤイヤならテニス部をやめろ!と言うのか!?

いや、言わない。

 理屈では分かってもすぐにはテニス部をやめれないだろうし、案外続けていくうちに役に立ったり好きになったりするかもしれないし、疲れていたり能力が低くて、こういった判断すらままならないほど自分を客観視できないかもしれない。

 大事なことは、本当に役に立つ正解はいつでも分からないという身も蓋もない話だ。

 逆に考えるといつでも考えたって拉致があかないことが多いのだから、

 ピンチやノイズがあることを前提の上で生きた方が生きやすいかもしれない。

 世の中のほとんどはいらないことばかりだが、ある時必要になることもある。

 テクノロジーがどんどん進歩してスーパーの店員から機械になっているが、雇用がなくなったり自己実現の機会は正に機械に奪われていく。

 大事なことは、英語をやろうだとか哲学をやろうだとか数学をやろうではなくて、

 いかに頑張れる部分を見定め、真剣に頑張れない部分はどこなのか?を真剣に理解することが仕事にもつながっていく気がする。

 たとえば、2時間仕事が暇になるときもあるが、その暇な2時間をいかに待機しながら半場遊びながらも半場仕事連絡を待ち続けるのも立派な仕事だし、週7労働を体験して死ぬ思いをしたがそのおかげで他の仕事を冷静に見る視野が磨かれた。

 このように何が役に立つか、何が役に立たないのか、いちいち考えていたら埒が明かない。ゲーム理論のノイマンが何が役に立つかを数式で証明したが膨大な計算量だしコンピューターを使った方が計算だけなら早く、実際の現実では複雑過ぎてコンピュータですら全部をシュミレーションすることは不可能である。

 だとしたら、毎回100点をいかに狙わないで、勝ちよりも負けないことが重要だ。

 いかに敗戦処理を上手くするかも重要になってくる。

 小学校でスポーツ、中高は勉強、大学は恋愛、就活、社会人は仕事、老後は趣味や終活などなどなど…、

 全部のゲームで勝つのは単純に万能な神ということであり不可能に近いだろう。

 それよりもリスクを避けろというんじゃなく、毎回の持久力、摩擦力が重要になる気がしている。

 たとえば、サッカーと批評は似ている。

 サッカーの足でボールを1人で蹴る行為を先生はよく指導するが、あれはぶっちゃけ高校サッカーレベルでは役に立たない。

 受験や大学学問と同じで、非実践的だが、客観的に評価しやすい回数を稼げるからだ。

 が、本番のサッカーはもっとゲームは複雑だし、体力と気合いでゴリ押しも可能だし、頭を使い、次に相手がどこにくるか受験参考書と同じように先読みすればいいのだ。

 サッカーを言われたとおりにベタにやる奴はサッカーの才能がないのだ。

 サッカーは運動神経がなくても頭脳や気合いで勝てるゲームだし、運動神経がよいやつはみんなゴールに入れたいので、後ろにいるやつらがそこそこの運動神経がよいやつで感謝される。おれは真ん中のパスワーカーだった。

 ゴルフもそうでゴルフ練習場はぶっちゃけ役に立たない。

 雑に打っても飛ばせば大体はいくし、むしろ土地が毎回落ちる場所で変わるのでノイズ、その場、その場で合わせた、こんな感じかな?っていうショットで十分なのだ。

 思うに、答えをすぐ探す方が逆に生きづらくないのかと感じてしまうことがある。

 サッカーをやれ、ゴルフをやれ、という命題ははじめは俺もなんとなくしかやりたくなかったしモチベなぞこんなもんだろう。

 が、サッカーをサッカーのままベタにやれ、ゴルフをゴルフのままベタにやれは、9割間違いだ。

 主導権をサッカーに渡すからサッカーが異常に上手い天才になるかならないのか、自分で道を狭めている。

 大事なことはサッカーの本質は何か?自分の持っているカードは何か?を見極めて、オリジナルの解答を出して、負けたら負けたらで、なんで負けたか?を具に分析することが大切だ。

 おれは24時間本を読んできた。

 それはサッカーをやるときもゴルフをやるときも仕事をやるときも哲学を駆使してきたということだ。

 何も哲学ができないから終わりではない。

 体育会系なのなら徹底的に開き直り、哲学書を音読しまくったらどうだろう?そっちの方が理解しやすいし、下手に理屈を使う本読みより理解スピードが早いかもしれない。

 数学も物理も英語も直感的には誰でも基本的にできる。

 海外に行けば否が応でもたくさん情報が入るので話せて当然なのだ。身も蓋もないが、学部に入れば環境を変えればそこに適応せざるおえないから頭に入る。

 なので、友達の友達あたりに数学オリンピックやそこに近い数学好きがいて彼らの話し方や趣味、志向から数学が体感的に学べたのでよく分からなくてもひたすら物理学書を分からないなりに何度も読みまくったら直感的には分かるようになった。

 ドイツ哲学書やマクロ経済学もそうで、科学哲学には関心があったが、あそこらへんも分からない!やった〜!と開き直りただ読みまくったら自然と意味が分かるようになってきた。

 もちろんプロにはなれないが、プロになりたいのなら、この程度の悩みは感じないだろう。

 大事なことは、プラグマティズム、日常において使える範囲でいかに迷わないかである。

 だとしたら、開き直り徹底的に敗北を自覚した上でどう誤魔化すか?を考えたり、どうゲーム盤を改造するか?を考えるほうが案外役に立つ。

 サッカーもゴルフも基本的に部活レベルなら才能はいらない。

 むしろ頭の良さや要領の良さ、いかに手を抜くかが大事なのだ。

 これは部活や就活、仕事をないがしろにしろと言っているのではない。

 むしろ仕事を真剣に考えたら、下手にNewsPicksみたいに意識高すぎるのは逆に迷惑になる可能性もある。

 仕事はこうだ!と答えを見つけず、その場その場の有り合わせでアドリブ的に対処していく力はかなり重要だ。

 社会はよく変化するので、1つにしがみついたり毎回一番狙うほうがキツいこともある。

 努力しないことにただ開き直れとは言わない。

 真剣に努力するなを努力しまくれと言っているのだ。