【鬼滅の刃批評】なぜ童磨が一番優しいリア充イケメンなのか?ぶっちゃけコロナ自粛はどっちでもいい。【絶望主義】のススメ。絶望に犯されろ!

 俺は

0歳の頃から

優しかったし

賢かった。

可愛そうな

人びとを

いつだって幸せ

にしてきたし

助けてあげた。

 思うに、才能があるとかないとかマジで生まれたときから無意味だと思っているのだろう。

 素晴らしい意味で、生まれたときから

勝者は勝者

なのだ!

 極楽教のカリスマ、童磨はIQだけが高すぎる宇宙人であって

 そもそも

【救済】を欲する人間たちそのものすべてが可愛そうと見下していた。

 だから、学校も国家も家族も書籍も偶像も友達も食事も仲間も学歴も性別も強敵も漫画も哲学も文学も理系も数学ももももももももももも

 全てが明日消滅しても一向に

童磨は本質的に困らない。

 童磨自体が自分の足腰で考える主体性が主役であって、それ以外は単なるオブジェクトにすぎないからである。

 人生の

勝ち負けは

 一生に及ぶ

主観にすぎない。

 だから、はじめから依存する時点で東大生も有名人も病んでいるし、敗北を喫している。自分から逃げているからね。自分をまず大事にすれば、何が強者か勝者かは見えてくるのだ。我儘であれとは言わない。

 ただ俺は強かったし、強くなる資質は、表面的な勝ち負けではなく、自分の胸に潜むスタイル感覚に自覚的か否かなのだ。

 嘘を自分につけではない。

 自己の宿命に向き合えば勝ちだし、向き合わなければ負けなだけなのだ。

 本なぞ読む意味は本来なくて、俺様は理系も文系も才能ある人々と語りたいし、後、未来の若い才能を育てたいから俺が先回りして極限まで彼らの才能を超えるレベルで授業して俺を超えるように叩き込んでいるだけ。

 あっはははほははははははははは!!!

 だから、

勝つのは簡単だ。

 宿命の通りに生きているから毎日が不動。ムカつくことはあるけれど、本質じゃない。

 

 ラカンは父や母に抑圧されるというが、童磨には分からないのだ。

 だって初めて会った強敵、

親が自分より

頭の悪い格下

だったからだ。

 俺は両親とめちゃくちゃ仲が良すぎるが、仲が良すぎる故に、絶対的な見下しを隠したことがない。

 両親が世間で言う優れた人間だからこそ、こんな空っぽな人々たちが日本のエリートなのか…とガッカリさせられた。

 親父はエリートで小金持ちで人脈もたくさんあるが、俺のように真理を見抜く視座を持たずに、もっと億万長者になろうと日夜頑張る姿には感謝はしても1ミリも同情できないしどうして僕が大好きなのかも1ミリも最初は分からなかった。

 母親もエリートで優秀だが、コロナ自粛に怯えて毎日イライラしている姿を見ていると失笑ものだ。仲が良いからこそ、同時に見下しは隠せないし、それが愛情だと思っている。

 信じられないかもしれないが、小さい頃の俺はもっと優しくて老男若女に絶対的にモテる美少年の置物だったのだ。幼稚園でたくさんの女の子からよく告白されるのは当たり前の日常茶飯事だったし

 欲しいものはいつでも手に入れていて

 欲しいものが手に入らなかったことは

 人生で1度たりともない。

 もちろん節度があるからだが、根源的に欲しいものは必ず満たしてきたのだ。

 だが、愛され尽くされるのは計算外だったので、これは早くから【いらないもの】だと峻別がついていた。

 愛情は

簡単すぎるのだ。

 嬉しいことに俺は仲が良すぎる故に、

母親に愛情故の拒絶を何度も味わってきた。

 俺は母親からいつも言葉で殴られたり言葉責めで誰よりも厳しく育てられた。

 母親は心配したのだ。俺の奢りを。

 「お前は誰からも好かれすぎるから、世の中を舐め腐った子供になってしまう。だから、徹底的に厳しく育てるわ」

 と僕は確かに僕は優秀だから厳しくされたいと思い彼女にそう宣言されて、小学1年生なのに掛け算や割り算ができないのは頭悪いと泣かされるぐらい叱られていたし、マナーや作法などうるさいぐらい聞いてきた。

 まあどいつもこいつも俺を超える奴らはいなかった。

 日本有数の金持ち学校に通っていたときもそうだ。

 数学オリンピックでいくら凄くても、なんだ趣味みたいに数学は高等遊民の遊びかと賞賛故に軽蔑はあったし院士までいったカリスマ左翼教師は当時の自分より知識はあったが、なんて計算速度が自分より遅いのか不愉快で仕方ないしスポーツもダラダラとふざけるか真面目にやるときは真剣に頭を使えば勝てるのでこんなに簡単なことでどうして生きているのかがまったくもって不透明だった。

 静くんが辛い目にあうと自分は1ミリもあいたくないが、僕自体は親友だから嬉しい。

 だから、友達を説教したり絶望に叩き落とすのは最強なる慈愛なのだ。あくまで自覚の徹底故に本気で潰す寸前で止めれる。

 つまり、静くんと話さない時間こそある意味で話しているのだ。

うごくちゃんの

自殺は

感動的で

嬉しかったよね。

見下している

宮台真司からの

リスクを超えた

援護は

嬉しかったよね。

 鬱病で精神病に入院するぐらいか弱い女の子なのにあんなに皆をハッピーにするYouTuberを頑張って、でも!結局は偽善者ばかりだから助けてくれないし理屈も分かるほどIQが高くないから、自殺しちゃって、

全部っ!

全部っ!

無駄っ!

だというのに

頑張る儚さっ!

 本当にカッコ可愛くて本当に僕はうごくちゃんも宮台真司も見下しているが故に大好きなんだ。

 宮台真司の夢、近代化は絶対に叶うはずがないのに日夜頑張って僕みたいな人間すらにも屈せずに徒労へ頑張ろうとしてる…。

 なんて凄いんだ!

 弱い人々が強くなる奇跡ー。

 痺れるようなエーモションの叫びが大好きだ!

 だから、芸術の資質が1ミリもないからこそ、つげ義春もLAINも

全否定と同時に

全肯定してきた。

 コロナ自粛賛成も反対も価値はない。

 ただコロナ自粛派が弱いけど正しさを持つから力を貸したいだけで俺個人は毎日が幸せだ。

 わざわざひろゆきみたいに小賢しく戦略を隠すのも馬鹿馬鹿しい。

 というか、戦略?

 ないよ。

 俺が面白いことをやってるだけ。

 ラーメン=読書=恋愛なのだ。俺を満足させるのだから、違いなんてあるか?ないだろう。

 童磨がサイコパス=悪だとかは嘘である。

 鬼滅の刃の登場人物は病んでいる奴らばかりだ。それ故に暴走するし、場合によっては炭治郎すら悪だろう。

 コロナ自粛の是非は、どちらも等しく悪でどちらも等しく善だ。

 人命と建前か、

 はたまた

 自由と本音かー。

 理系教授らが文系統計データごときをFAXチャート如く焦って見てかのカリスマたちがお互いに信者獲得のために内ゲバを開始している。

 面白いこと

 だな。

 現実はすげー面白いし、病って面白い。

 悪だと思ったら善だし、

 善だと思ったら悪だし、

 希望が絶望に成り下がるかもしれないし、

 絶望が希望に成り上がることもある。

 電通の近くにいて、週7労働は当たり前だし、先輩が床に投げつけたご飯を後輩が食べるいじりなどもよく面白いノリとして聞かされたし、高橋祭は周りの目を気にして学歴ブランディングのために電通を利用しようとして食われた可能性は否定できない。

 電通は電通だし、故に、需要ある故に合法的超法規な空間なのだ。

 俺様も散々パワハラセクハラされたが、訴える気はあまりないのも、近づく前から知っていて当然なのだ。

 しかし、電通哲学を学習し、幸福になるときに就活ブランディングの過剰さは不幸だと学べて希望を掴んだ。

 絶望故に希望は生むし、能力なき弱者こそ自覚故に強者なるポテンシャルを持つ。

 童磨は優しい。

 ただのクズと一緒にするな。

 殺した相手を大好きになって許す度胸がある。

 愛が分からないからこそ、

 愛の偉大さを尊敬しているのだ。

 

 絶望の自覚こそが、希望なのだ。

 宗教はいらない、

 哲学はいらない、

 文学はいらない、

 芸術はいらない、

 正義はいらない、

 学歴はいらない、

ただ…、矜持と覚悟だけが必要なんだ。