YouTuber=「売春婦すら嗤う売春婦」真論。YouTuberと登録者の性質は愛すらない売春婦とゾンビだという前提を忘れるな。「真のファン」という視座が必要。

 アイドル商法が健全に機能しているか

 していないか。

  これが現代の問題かもしれない。

 アイドルはいくら数が人気でもくだらないよねと嗤えるが、

YouTuberは学術や日常の装いで詐欺をする数のマウンティグを偽善にやっているのだ。

騙されてはいけない!

 ミクロのYouTuberうごくちゃんが自殺するだとかとマクロの政治の問題は繋がっている。

 SNSの使い方が

どっちもキモオタな消費を

促している所がソックリなのだ。

 だから、YouTuberの消費の仕方に対する問いかけこそが、実際の政治だったり哲学だったりと繋がっている。

 結論から端的に再三思うのは、

 YouTuberはフィクション。

 アイドル商法ということだ。

 ただここで面白いのが、アイドルがアイドルだよねという建前すら忘れさられて、本当に好きなように錯覚させてしまうし、そう思いたいファンたちも集まり、共依存的にメンヘラーたちだらけに現在はなっているということだ。

 アイドルはまだ売春婦だよねとアイドルもファンもまだ思う健全さがある。

 が、

 今のYouTuberは社会的な様相を振る舞う反社会性という矛盾すぎる品物なのだ。

 映像こそ社会的な日常的なカラフルな映像で見せてくるが、そこの言葉に意味はない。

 反社会的な性質を持つ人間たちが、あまりに社会的市民権を得ていることこそが、

今のYouTuberという売春婦たちの矛盾であって、ミクロカルチャーのこの消費形態こそが、

マクロの3度に及ぶコロナ自粛、流され政治と連動している。

 哲学系YouTuberのほとんどは

見る価値はない。

 ウチのチャンネルも登録者の姿勢がダメなら、

何回見ても無意味だ。

 もはやアイドルにあったアイロニーもない。

 言葉に意味なぞない。

 ネットだけで繋がって、数を気にする必要はない。

 プラグマティックに利用していけばいい。