【宗教を嗤って承認し合う宗教団体】。マクロ経済学の分からない文系論破程度のあまりに「ベタすぎる」ひろゆき信者たちみたいなマジで頭の悪い非読書家にならない方法

 再三こういう話が多くて、ウンザリするだろうけど、真面目に重要だと思うんで言わせてください。

 思い込みが

少ないか

少なくないか

 な気がします。

 今までリアルでも極左連中や早稲田文系、美大生、リバタリアン意識高い系、ネットでも数々の普通の人から長文長時間ウンザリするぐらいレスバトルしてきました。

 ここで分かったことは、たくさん本を読む人こそ頭が悪い人々が多かったことです。

 たとえば、マルクスは資本主義は間違えていたとは客観的には言っていますが(労働疎外説や労働価値説)、だからこそ共産主義を作れ!と具体的に言っているわけではないですし、しかも、ソ連崩壊後、おおよそ大量虐殺を繰り返し、浅間山荘事件もあり失敗に終わった、なんらかの問題があったことは自明でしょう。

 またひろゆきさん界隈の限界なんですが、ひろゆきさんはある種カルト、情弱ビジネスで、その証拠は、彼があまりに経済学に対するリテラシーが低すぎて、上念とかに完全論破されてしまうことでしょう。彼は強烈な個人主義、単なるクズである自分を自己正当化したい、そしてそんな彼になりたいクズを搾取することでビジネスを成立している面があります。

 なので、彼の理論性こそ主観、あなたの感想であって、自己正当化のツールを安易にくれる反国家主義的な人間たちをアジッているにすぎません。なのに、たかだか、文系数学ごとき、まあ初等数学ぐらいの浅はかな論破で国家や大学側を批判されても、自己中心的な長期的にひろゆきにやりがい搾取されている若者たちをコントロールしているにすぎない。

 ひろゆきさん自体は頭がよいし、嫌いではないんですが、総じてひろゆき信者にはマルクス嫌いという名の同じムジナの極右、単なる自分勝手でいいですよね?を認めてよをただハイエクやハイデガー、経済学や哲学ジャーゴンで分かった気になった頭の悪い人々が多かったんですよ。自分の実存における最適化しか考えられないコンプレックスをどうにかマクロ経済学は間違えている!というどう見てもイデオローグにしか見えないもので浅はかに批判していて、単純に素直にあなたの感想じゃんと認めればいいのに、そこは怖がってできないらしいですね。

 難しいことですが、理論を前面に出した構造主義、論理学による訓練が必要かなぁっていうのが、まず第一点。社会学の前提にもつながってくる、特に日本は。構造主義が流行ったのも、マルクス主義の失敗が明らかになった時代であって、マルクス→構造主義という流れは確かにある。

 次に必要、まあこっちの方が現実的なのは、恥ずかしい自分を自覚し、日常の言葉で考えるということです(遊戯としての受験勉強&思想としてのグルメなど)。

 深い哲学的な話も役に立つんですが、そもそも宗教や感情論は徹底的にいりません。そんな読み方をしている限り、単なる自己正当化をしているだけで、わざわざたくさん本を読んでも時間の無駄で、精神疾患者に近い状態です。

 なので、単なる自己正当化で読んでねーかな?って気づくためにも、まずは普段から食べている飯の旨さに気づいたり、それをちゃんと言語化したり、書籍を読まない場所へ踏み込むことが重要です。

 まあ現代は、マルクスからひろゆき、哲学や文学、政治経済非世俗に宗教的に依存しながらもそんな自分たちは宗教じゃないんだ!と思い込みたい宗教団体よりも心の弱い学者崩れ、予備軍がアカデミック&カルチャー含めてバシバシと溢れかえっています。

 特にアカンなのは、自分たちを完全に理論的に正しいと思い込む、思い込みたいタイプ。特に政治経済系に多くて、最近はマルクスよりもリバタリアンたちに多い印象で、インターネットバブルが弾けるまでは、理論とプラグマティズムが一致していたんですが、弾けて、しかも後期SNS時代になって、20代後半〜40代の男性たちのひろゆき依存、自分勝手擁護する同士で褒め合う、つながりあうという中々にツンデレすぎる気持ち悪さを発揮しているようですね。

 ひろゆきも中野剛志も古市憲寿もそうですが、極左を嗤っていた彼らがあまりにメディアで力を持ちすぎた結果、極左と同じような宗教団体になり、皮肉にも宗教を嗤う宗教団体というある意味厄介な感じになっているのは、かなり滑稽で、どこかで彼らやその下々もそこに気づくとき、ツケを払うときがくる気がします。

 まあ彼ら自体は頭がよいですし、嫌いじゃないんですが、極左と似た末路にいよいよ近づいている感じは警戒しないといけないし、危ない気がしますね。