数学の歴史と磁力と重力の発見 森毅と山本義隆

 数式のできない方々にこそ読んで欲しいし、文化の分からない方々にも読んで欲しい。

 数式と文化は切っても切り離せないことに気づいた時、根源的な哲学のドラマが加速する。

 理屈の徹底こそが、むしろ理屈にも非科学にも騙されないことだろう。 

 いかに人間が迷信に囚われているかが分かるシリーズである。

 こじつけで物理法則を説明しようとしたり、仮に万有引力を発見しても、結局のところ、いかがわしいアマチュアたちがそれを先に発見して遊びに利用しているというとんでも話しや宗教的な錬金術などに利用されるといった、本当の数学や物理学の真像が分かるようになる。

 むしろ科学というのは、ギャンブルだったりセクトだったりから飛躍的に生まれた、ある種のいい意味でのペテンということがすごく分かるようになる。

 もちろんそれは悪い意味ではないのだし、科学史家の相対主義的な方法論を振り回すのも嫌いではないが、現場の目線、実践家の目線から向き合いまくって到達する、数々のドラマの方がずっと面白いかもしれない。

 たとえば、パスカルは頭が冬になると痛く、冬には物理法則が何か変わるだろうなという法則を信じてやまなかったが、現代から見るとそれは単純な偏頭痛の持ち主だったんじゃーねーかっていうことが分かる。誰が数式を発見したかも宗教団体AとBのセクト闘争であって、大学の成立がそもそも宗教団体から発生したことは否定できない事実だろう。

 だが、ここで強かでプラグマティストなのは、一流の科学者たちであって、彼らはヘラヘラと宗教もギャンブルも趣味も、理屈の徹底により、ちゃらんぽらんにハマっていき、根源的にはそんなものにハマらない、しかし、妙に理屈ぶって肩を強がるスノッブとは違う余裕さというものを感じる主観への没入具合だ。

 大学とは何か、宗教とは何か、数学とは何か、物理学とは何か。

 現場の方々が書いた技術と歴史的側面を当てはめると、とんでもなくスリリングな人間模様が発生する。

 是非、数学のできない人こそ読むべきだし、妙におかしい人々こそ、騙されたと思って読むべき人文書らだろう。