永井玲衣というエグい対話執行人。あるいは自分で考えろぉ!というヘビーメタル•メタ哲学な問い。

 めっちゃ

 この人

怖いん

ですけど…?

 振り返ってみると、永井玲衣さんの哲学スタイルは、ボクが学生時代に受けた教授の授業で最も影響を受けた方のスタイルにとても似ている(その人は美術系だが…)。

  一見ほんわかに見える人こそ怖くて才が火花散っていることに気づかなければならない。

 いい意味でこの人の「浅くて可愛い」風の文章(罠だよ!哲学へのトラップだからね!)を読み込むと、理屈や知識がやっぱり一切残らず、自己啓発を読んだ気分にさせらせる。

でも。

モヤッとしたものが

         頭でタプタプするのが

 面白い…。

 ………。

 ボクがこの人がヤベー本物じゃあないか?と思ったのは、「哲学研究者」というあまりに弱「そうな」肩書きと、このエッセーじみて誰でも書け「そうな」、だけど、どこかトゲのある文章である。

 YouTubeで添削批評講座をボクはよくやっていて、ダメでよくない質問は、1、哲学用語の乱用と、2、自分の実体験からズレた質問 3、ラカン的な無意識、何か言葉自体の裏にもっと強烈な悪意が隠された質問

 これらが一番厄介で困るのだ。

 だから、意外にも哲学の本を勉強すればするほど、対話において、実践においては、日常言葉でどこまでも語り、実体験の素朴さを表面は借りて、でも、その日常の中に潜む非日常だったり、驚くだったりに、ボクたちは戦慄させられる!あっは!それこそが、哲学であり芸術であり文学であり、批評なのだろう。

 んで、この人は確実にそれが分かっているな…。と思って、でも、それをひっそりと実行しているのだと思い、すげー哲学能力が高いんじゃないかと感心させられた。

 って、文章を読み漁って思ったし、同時に怖いとも思ったんだな笑。

 似ていた怖かったボクの大学の名物教員の人は、いつもグループワークで丸投げで一見は気楽な授業だと錯覚させられていた。でも、ぶっちゃけ本当にこの対話形式の自分は何もほぼしない「風」の芸術家教授の方がめっちゃ勉強になるし、あまりに勉強になりすぎて、目眩がしてしまうこともある。だって、どこでどう他人の言説レベルで話すだとか、いやまだ直球を投げるのは早いか…だとかチームワークだとかだとかプレゼンだったり、まあ色々な知識やら動きとやらが求められてちまう。

 この人が、哲学研究者と謙遜するのは、その戦慄さであるだろう。

 哲学者と名乗るショーケースのテキストの方が実の所、哲学哲学哲学していて、言語化できるテツガクなのだ。エクリチュールや歴史の終わりなど難しいことで説明しても、その説明自体がその場の体験を共有しない人には言葉の表面しか通用しないのだとしたら?

 ボクの批評は、基本的に「自分の頭で考えろ」「信者になるな」「ジャガイモでも受験勉強でも様々なものへ触れろ、それこそ哲学だ」

  と散々言ってきた。

 そして、この人はそれを確信しているようなゾッとする恐怖を感じさせられた。表面的にはボクは怖い系の批評系YouTuberだと思われているが、この人の方がずっとずっと怖さは先をイッている気がする(「哲学的には」高く評価している)。だって、ボクはそれを隠さないけど、この人はそれを無意識の深層レベルでやっちゃっている気がしちゃう。すげーと思った。

 嬉しくないの?

 嬉しくないよ。

 考えているっていうのは、面白くても痛みも伴うからだ。

 自分で

考えろぉ!という

 おぞましい

 問いかけ!

 今後の永井 玲衣さんの活躍が…。た、愉しみすぎる!(ガタブル、ブルブル…😭)

https://www.reinagai.com/