「恋愛工学」の使い道と盲点〜ワタナベマホトの事件を見て思ったこと〜

少し前に、藤沢数希の「ぼくは愛を証明しようと思う。」を読んだ。
いわゆる「恋愛工学」を題材にした小説なのだが、知り合いの色恋沙汰や自分の数少ない恋愛経験を思い返しながら読むと、意外と腑に落ちる点も多かった。
恋愛工学の細かいテクニックの是非はともかく、緊張せずに女性に話しかけたり、気軽にデートに誘ったりすることは必須なのだと思う。非モテが非モテたる所以は、まさにこれが出来ないことだろう。

ただ、恋愛工学を極めても幸せになれるのか?という問題もある。
私が思うに、たくさんの異性と遊ぶことは必ずしも幸せには結びつかないだろう。
「ぼく愛」でも、主人公は恋愛工学を駆使して、たくさんの女性と同時並行で肉体関係を結ぶことに成功したが、そうした女性との関係は長続きしなかった。

そもそも恋愛工学自体が、我々の想像する「恋愛」ではなく、多くの女性をナンパして肉体関係を結ぶことを目的としているのだから、非モテ男性の望みを本質的に叶えてくれるわけではない。
むしろ、恋愛工学が「通用」してしまう女性とばかり付き合うことで、かえって女性への幻滅と蔑視が強まり、本当にやりたかった恋愛から遠ざかる危険すらある。

こんなことを考えていたら、YouTuberのワタナベマホトが児童ポルノ禁止法違反で逮捕されたというニュースを見た。以前から話題になっていただけに、逮捕は時間の問題だろうと思っていた。そして、マホトの一般的なイメージを想像すると、私なりの恋愛論がさらに深まった。
マホトの明らかになっている経歴を見れば、多くの女性を口説き、付き合ってきたことが察せられる。
そうした「量」を追求する恋愛の果てに、マホトは幸せになったとは言い難い。むしろ、2019年に起こした傷害事件を見ても、彼は女性への蔑視を強めてしまったように思える。
今回の逮捕のきっかけとなった事件も、相手の女性の人格や尊厳を一切無視した悪質なものであり、自分に近づく女はいくらでもいると考えていたのだろう。事件そのものから、女性蔑視の匂いがする。

マホトの件を見ても、多くの女性と寝ることを追求するタイプの「恋愛」は、やはり幸せに結び付かないと思った。
初めの段階では、緊張せずに女性に話しかけたりデートに誘ったりするテクニックが役に立つだろう。そして、誰しも初恋の相手と結ばれるわけではない以上、何人かの女性にアプローチすることは必ずしも不誠実とは言えない。
しかし、そうした段階を突破したなら、付き合う人数を無理に増やしたり、恋愛工学のテクニックに依存したりする必要は、ないのではないか。
私は、そう思う。