中野剛志の「素晴らしい透明性」と藤井聡の「イタい野太さ」

 正直、中野剛志に対して、批判する気もあんまないし、よく分からないんだよな。

 いい意味でウダウダしているっていうか、保守派の割には、まっとうな社会学とか哲学を引用していて、すんげー読みやすいし、ボクでも納得しちゃう。

 が、この人は何をしたいのか?ってことがよく見えない。

 なるほど、MMTや地政経済学、日本史思想新論、真説企業新論には、影響受けた云々以前に、ほぼその通りだよねと納得させられた。

 が、だ。

 「中野剛志さん。で、アンタはナニしたいんだよ…!?」

 お題目は分かったぜ。が、だ。俺が聞きたいのは、アンタがナニをしたいかであって、いっつも色んな素晴らしいアイデアを書いているけど、どこか悪い意味で状況に流されてブレブレな気がする。

 過剰適応というか、

   なんというか。

 この人には、ナニがしたいのか?っていうことがよく見えない。

 良くも悪くも保守なんだけど、日本の多神教の影響をモロに受けちゃっているところを感じてしまう。それはそれでいいけれど、一級品だけど退屈な教科書を読まされちゃっている感じがナニか文芸的なセンスというものを感じない。

 与えられた仕事を何でも早く処理できるんだけど、何でも処理できるということは、1つもしっかりと流せるものがないというか…。

 そこいくと、藤井聡は単純。

 書籍を読むっていうよりも、具体的な言葉が見えているのよね。あんまし喋っていないけど、経済学の勉強をボクがしっかりと始めたのは、藤井聡の経済学の授業を受けたからだ。

 ヤバいと思った。

 恥ずかしいと思った。宇野や東浩紀、宮台真司ばっか読んで、頭良いと思っていたのに、経済学って世界があって、こいつらのことを尊敬はしていないけど、何か違う世界があって、経済学を知らないことってかなり致命的にアカンじゃないのかって思った。

 それからは、経済学を必死で勉強した。

 その時の藤井聡は、「消費税を減税せよ」と言っていた。

 そこには、彼の話しには、被害者になる人々の顔が見えていたし、統計的データにも単純な意味論が入っていた。

 正直なところ、イデオロギー、考え方は中野剛志の方がボクに近いし、対談したら喧嘩にならない気もする。そして、藤井聡のことは面白いとは思うけど、根幹では合わないなぁ…ってところがたくさんある。

 が、言葉の力が激しいのは、どっちだろうかと考えた時に、ボクに経済学を無理矢理でも勉強させたのは、藤井聡だったという事実がある。

 言葉にリアリティがあるのか、ないのか。

 これって素朴だけど、大事だと思うのだ。

 もちろん中野剛志も素晴らしいと思うけど、彼には相対主義の匂いが悪い意味でしてしまう。