死ぬなよ。亡くなる20代成功者=失敗者へ告ぐ。あえては終わった。日の出は変わったことに気づけ。なぜ20代の有名人が亡くなるのか?知り合いにも近い病気の人々たくさんいました。

  かなり苦しいことを言っちゃっていいかな?

 君の名は。のビフォーとアフターで完全に違う時代ゲームになっていて、

今の20代は思想的に意識しないと

20代自体が旧式に

なっているんです

よね。

精神的にも肉体的にも…。

 だから、東浩紀さんもオタクカルチャーも個人的にはかなり大好きだし、シュタインズゲートは嫌いになれないが、思想や実践的な強さの点では、かなり厳しいんだと思う。

 んで、東浩紀やオタクカルチャーを引きずりすぎているのが、暗黒啓蒙やvutuber、うごくちゃん、木村花だと思うわけ。

 うごくちゃんの亡くなったことについて僕はかなりうるさいけど、ぶっちゃけ同じ壊れ方をしている人々が知り合いにたくさんいたからだ。ほとんどが年齢の近い20代。

 だから、淋しいし気が重くなるし、ああ、次のゲームに乗れるか乗れないかが、今の20代の問題意識だよなって思うわけ(一応30、40代で引きずっているのもいるけど、彼らにはまだオタクのポジションがあったけど、今の20代はどんなに頑張っても、違うゲーム、サブカル系のポジションしかもらえないため、特に20代が一番苦しい)。

 どういうことかというと、先に難しい人向けに話すと、オタクっていうのは、政治的、社会に所属しないことこそが、政治的だし社会的なんだという左翼に変わる反抗の形だったわけ。だから、ロックだったし、反政治的であることが、ルールを守らないことがある意味でルールを守っているような思想だった。ホリエモンのライブドアやひろゆきの2chも同じ発想で法律にギリギリ違反していなければ、何やってもいいだろ、そして、反政治であるリスクを背負うことが、かなり勇気があることでそれが勇気であるからこそ、カッコいいと思われた時代だった。

 だけど、君の名は以後、2016年以後から時代は変わっちゃってしまった。

 今はオタクよりもYouTuber的な方がずっと可能性のある思想になってしまっている。

 インターネットもオタクももう社会の消費物として取り込まれてしまったからだ。

 いくらプログラムをやっていても、ハッカーにならずとも、ネットをやっている人々は少なかったから、昔は合法的に反社会的な自由なことがインターネットでは許されたけど、今じゃあ単なる犯罪をやらんと厳しいことになる。YouTubeライブやYouTubeのコメントを見ていて、たまに辛くなるのが、いまだに昔のひろゆきのマネをしていて、匿名アイコンから攻撃することが思想的に強くてカッコいいんだって思っている人々や、オタクオタクしすぎて東浩紀のマネをしていて、知識だけはたくさんあるんだけど、今更オタク映画やアニメをたくさん見ても、消費者だよね〜って利用されるだけのひ弱なガキに成り下がっている人々だからだ。

 今は社会的でありながら、かつ、シラけながらも、素直にヒーローをやる方がカッコいい時代になっている。

 健全にシラけている代表はヒカキンで、素直にヒーローをやる方がカッコいいのは鬼滅の刃が代表するだろう。

 んで、東浩紀さんや宇野さんはなんとか逃げ切った世代で、オタク大御所のポジションがまだたくさんあってそこで信者たちとシラス丼を食べながら遅すぎるインターネット計画空間へ引きこもってしまえば、世代的にまだ厚みがあるのでセーフだ(ニュースピックスおじさんたちも同じ)。

 だけど今の20代は不幸な世代で、今までたくさん暗記してきた努力してきた信じてきても関わらず、超無残にもハシゴが外されてしまった不運な世代だと言える。

 例えると、あえて10代まではワガママに育てられてきたのに、20代になっていきなり過剰に真面目になりなさい!と言われて、あまりに違う世界観にみんな戸惑ってしまうってことだ(鬼滅の刃後とは違う)。ホリエモンやひろゆきのワガママはあくまで世代的に許されていただけであって、時代のゲームが変わっているのに、彼らのマネをしても、単なるイタいヤツどころか、危ないヤツだと思われる。悲しいのは、ウチのチャンネルは一応は賢い系チャンネルだが、20、30代でこれを引きずってそうだなっていうイタさでマウンティング、要は論破ばかりされる(あえて論破ではなくて)と、ああ、大変だなこれはと思ってしまう。ひろゆきの論破はカッコいいから論破が成立するのであって、ただ議論を論破すれば勝ちというわけではないのだ。ひろゆき本人自身は賢いから、アナーキーなキャラを捨て去り、完全にいい人おじさんのようなポジションへスライドしている(ちなみに、ひろゆきはまだ若い頃、ダメ連という今でいうプロおごられやー&えらいてんちょう&レンタルなんにもしない人に憧れていた。だけど、ダメ連が潰れてしまったのを見て、キャラを変えることが彼らはできなかったよねとかどっかで言っていた気がする)。

 だからこそ、受験勉強もそうで、カイジよろしく、受験をめっちゃ頑張って他人を蹴落とせば薔薇色の人生が起きて、君の人生に夢を与えてくれるというロスジェネ的な世界観が0年代は支配していて、僕の知り合いでも、もう治ったと思うけど?、「東大に入れないと友達ができない…。東大生以外は信用できない」(=それだけの実力がおいらにはある!)と毎回、彼曰く友達じゃない俺や同級生に話しかける友達?がいて、あの頃はまだ東大に入る実力があるというユーモアな余裕があって強烈な芸風だったけど、東大1問落ちして、東大文学部よりは難しい大学へ入ったからまあ良かったじゃんって感じだが、「東大に入らないと友達ができない…。東大生以外は信用できない」(=ああ…東大という絶対的強者にすがらないと生きていけない…)という笑いに笑えない状態にうつ病になってしまい、ひたすらデブになっていったという話しが知り合い界で涼しく聞かれた話しだ(もちろんこの病は、2020年代の20代特有で、過剰なリバタリアン、オタク的に反社会的に、個人主義の実力主義で見た場合は超優等生なんだけど、今の社会が社会的な共生的な炭治郎みたいなヤツが生きやすい社会になっていたため、実力があるからこそ、居場所がないし、ワガママに見えて、努力すればするほど誰も助けてくれないという病なのだ)。

 自己中神経症と言えよう。

 自己中すぎることが返って孤立と敵意を生んでしまい、全く自己中が達成されない病気だ。

 もっとヤバいのは女の子を救う社会を作るんだ!と叫んだやつとかもいて、まあ他にもたくさんそういう例もあるし、知り合いの知り合いでは精神病院に入ってしまった人もいて、もちろん普通の知り合いもたくさんいるが、

 彼ら彼女らに共通しているのは、

 異常すぎる実力があるし、努力はたくさんするんだけど、前提が間違えているから、全く報われなくて、いまだに反社会的であることこそが社会的なんだというオタク的な価値観が残っていると勘違いしていて、余計に拗らせていくという点だ。

 厄介なのは、その残り火で成功した世代がたまたま運が良かっただけであって、彼ら彼女らに影響を受けた丁度下20、30代は同じことをやっても、犯罪者か弱虫だと思われてしまうことだ。

 木村花の自殺は露悪的な個人主義の芸風をあえて正義としてやっていたら(ひろゆき&ホリエモン&有吉)、いつしかマジでキレるオーディエンスに空気が変わってしまった悲劇(社会的=みんなSNS=炎上=コロナ=ソーシャルハザード)である。

 うごくちゃんはメンヘラ&オタクの末路であって、vutuberでイジられキャラをやればなんとかなるはずだったんだけど、生主のウンコちゃんとか横山緑、かつ丼チャンネルの時と違って、もうニコニコ的な同世代的な空気は減っていて、どうしてもSNSマーケーターな上司のおじさんや世間の空気と一緒に抑圧されないといけないYouTube的な圧力に耐えないといけなくて、まあそれが限界がきたのだろう。ニコニコ時代ならメンヘラやイタいヤツは笑って許してくれる同世代ばかりだったけど、今はソロバンを動かすおじさんと世間の空気を相手にしないといけないため、vutuberという仮想の自分でパーカーを被らないと承認されない。

 つまり、生主だったウンコちゃんや横山緑、ひろゆき?は本人として承認されたが、vutuberだと仮想の自分としてしか承認されないし、いくらvutuberの自分を強くしても、本当の自分は一ミリも強くなっていなくて、余計にネットに依存してしまうからだ。

 僕は暗黒啓蒙を個人的には嫌いにはなれないけど、よく良くないよって言いふらすのは、かなり昔のものを悪い方向に引きずりすぎていて、主観的な思い出語りとしては好きだけど、そこに未来はないよね、としか言いようがない。限界集落的にそこで耐えて群れるしかなくて、30代がギリギリまだポジションがあるかないかの瀬戸際で、20代以降だと、全く違う炎上=炭治郎的な世界観でもやっていかないといかなくなるのだ。

 ただ話しが更に発展するが、優しい世界観と炎上は密接につながっていて、今のオタク的な人間たち(10代ら)は普段はニコニコしているが、石を投げるとなったら途端に投げまくるしすぐ病んでしまうものを感じてしまう。

 そうなると、オタクすぎるアイドルやvutuberのヤサシサよりも、違う世代にもウケる鬼滅の刃の優しさの方がまだ素直でまっすぐな分いい気がする。

 シンプルに素直にヒーローをやって、シンプルに素直に世直しをしていくこと。

 左翼の浅間山山荘事件やよど号ハイジャック事件は見たくないぜ。てか、次オタクたちから歪にも来ないか心配で仕方ない(まあ左翼と違ってアイロニカルな反社会、オタクは、非政治的なため、自決という形で収まっているのが、現在の現状か。ただし女の子的なオタク的な方はそうだが、ひろゆき的なホリエモン的な方向からはちょっと危ない気がする…)。

 今こそしっかりとした王道を取り戻そうなのです。それはやっぱり東大という権威がいいとかじゃなくて、クイズにすがるしかない東大にずっと依存し続ける「東大」「王」じゃなくて、wakatteTV(学歴皮肉&学歴いいよねギャグyoutuber。サイン持ってた)的に大学の本質をつぶさに見て、ゲラゲラと笑いながらも、素直に目指そうやという、そんな素直にバカにするところはバカにして、素直に褒めるとこは褒めるっていう要領けど、奥が深い広大なプラグマティズムが求められている気がしている。

 柱の煉獄杏寿郎は素直なヤツでお弁当を食べるときはウマイ!ウマイ!ウマイ!と言いまくる。目はサイコパスじみているが、本当にウマイんだろう。でも、闘う時は闘う時で超真面目になる!そこがカッコいい!

 冷笑だとか論破だとかハックだとかあえてだとか、自己中だとかウジウジしているガキな自分は賢いんだってイタく酔っているとか、

 やめ!やめ!やめ!

 素直にネタもやって、素直にベタもやること。

 そんな単純な道筋が今必要だし、新たなゲームとなっている(まあ素直な速度さえあれば、ひろゆきでもオタクでもええ気がする)。

 僕自身も心象的にはややキツいし、ぶっちゃけ中学生時代にヴィトゲンシュタインやコンドルセ、ファイヤアーベントとかの明晰な科学哲学&分析哲学にハマっている自分がいたから世代的な消費に耐えきれない文化、文学に頼らないでもなんとかなっているけど、同世代としてはかなりキツい空気っていうのは肌身で感じちゃっている。

 とにかくその言葉の通り、

元気にアンタンシテするのが

一番クレバーな戦略です。

 うまい!うまい!うまい!

 

参考文献でござる!うまい!謝謝!

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