批評としての逆転オセロニア3 2021ver

 そもそも僕のデビュー作は、DeNAからリリースされた逆転オセロニアのフィールドワークであることはあまりもう知られていない。ただ批評系YouTuberの原点としては、ソーシャルゲームこそが社会を変えるんだというこの鋭さがなければ何も機能しないだろう。

 詳しくは、カオスフォレスト遊(逆転オセロニアに実際ハマり、ランカーを取得し、イベントにも参加し、プロデューサーにもインタビューをした結果)とカオスフォレスト動(仕事現場からの最新経済学のゲーム理論、ハウツー法)を読んでもらいたいが、今ここで振り返りとともに今後のソシャゲ学についても考えよう。

 まずカオスフォレスト遊、『逆転オセロニアは太宰治を超えた 評論としてのオセロニア』の端的な結論は、現代のSNS時代を【不信の時代】だとプロデューサーKJが描写していたことだ。彼があまりに偽善的に優しく、毎週ユーザーの声も聞き、炎上したら場合によっては個人として謝るというのは、むしろ「いいね集め=炎上攻撃」という人間の信頼がそもそも疑わしい時代には、SNSの人間不信的な数的な人間判断の先をみんなへ示さなければ、本当の意味で視聴者から信用されないということだ。もちろんひっくり返して話せば、いいねを集める人間たちの間で炎上や自殺が絶えないのは、彼らがむしろいいねを不安神経症的に集めるからであり、彼の鋭い指摘は、いいねも炎上も等しく等価であって、その先のコミュニケーションの熱を出さなけば、ダメだよと申していたのだ

 結局のところ、ここ数年の僕がやっていたことは、SNSとはなんぞや?ということなのかもしれない。

 そして、SNSのコミュニケーションを超えたSNS外の快楽の分かる運営者こそが、SNSによって数的アルゴリズムに処理される人々をよりよい方向へ舵を切れるのだと宣言したのだ。

 もちろんSNSの創造性、クリエイティブも見逃せない。オセロニアに数多く出る企画の多くは、プレイヤーから言われて生まれたものでもあり、(カスタム大会など)、搾取でもなくて、みんなの声をある種無視しながらも、一方でみんなで作っていくという新しい創造性、複雑系的なクリエイティブが生まれているんだよということも証明する試みだった。

 彼が地方に足を何度も入れ込んでいるのも、SNS時代に差をつけるのは、本当の人間力、現場力であって、情報だらけの時代は、現場をまず見る、現場へまず顔を出すというところでないと、差別化も信用も発生しないのだ示してくれた。しかも、あまりに正直すぎる姿勢のため、真似だとかマーケティングだとか浅ましいロジックでは真似もできないくらい、面倒なことだ。このマーケティングならぬマーケティング、贈与すぎる贈与で貨幣経済&評価経済を蹂躙するという凄まじい凄みを僕たちに見せつけてくれた

 カオスフォレスト動のなまけ者のためのソシャゲ学入門は、じゃあ実際に現場を僕が参加してみて、そして、プレイヤーとして楽しんだ結果、いい意味で、一番を目指さない方が幸せになれるよという事実を客観的な事実、実践的な論理学で証明しちゃったハウツーだしSNS時代の競争ハックの論文となった。静くんに誰にも見せるな!と叱られるほど、凄まじい最高傑作の1つだろう。

 端的になまけソシャゲを約すと、貨幣経済→評価経済の社会は、女子供も24時間、競争に参加してくるため、もうあまりに競争の激化の結果、いかに競争で手を抜くか、いかに評価経済で勝たないことが人生において勝つことになるのか?という不況やバブルを意識した投資法の手法をSNS版に提唱したことだった。今の時代は、東大よりも難易度の高い競争が24時間発生しているため、みんながコンプを持つし、もはや過剰競争すぎて、運ゲーなのだ。

 ならば、いかに運をうまく活用するか、そして、過剰競争におけるバブルや不均衡をどう事前に意識して巨万の富を得るか、比喩的には空売りをするのかを提唱した凄まじい本なのだ。経済学や数学のジャーゴンを現代のSNS社会へ応用するという意外になかった渾身の実践書なのである。実際、僕はいつでも負けていいやと思っているし、外れ駒をうまく活用することによって、40000人中の大会で見事90位圏内を取得したし、笑顔でユルく取得した。そこから発生したのも、メタYOUTUBERの試みだろう。YOUTUBERの過剰ないいね集めのゲームに乗っからないことが返って差別化につながるし、みんなが実は求めている安息を獲得するのだ。いいねが完全にダメと言っているのではない。過剰すぎるいいね集めは、日夜みんなが東大受験という骨董無形に等しいのだと言っているのだ。

 SNS時代に求められるのは、1、しっかりと泥臭い信用を手足や顔から視聴者に見せること。場合によっては、相性の悪さもハッキリと見せること。2、競争に勝ちまくることが実は勝っていないという事実に気づくこと 3、複雑なコミュニケーションを含んだところまでも、コンテンツとして機能すること

 ということになる。

 もちろんゲームは複雑で、あくまでリアルでの成功や実績をSNSへ導入するという差別化も必要になるし、SNS社会とは、再三申す通り、ケインズやマルクスの実践的な残された課題なのである

 逆転オセロニア、そして、批評系YOUTUBER。

 今僕はまだ誰も見たことがない評価経済後の実践的批評を現場感覚で描いているのだ。

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