片足を1本失った話

 よくあることだ。

 改めてハイデガーを読み直していると、どこかで何度も苦虫を噛み潰したあの頃の遠い記憶がウンザリと思い出される。

 8月のある日、遠くの江ノ島の海まで自転車を飛ばして、帰りの道に迷って、午前2時に帰宅したことがある。

 その時にあまりの疲労と非現実感から、僕は道路の真ん中でゴロッとぶっ倒れてしまった。はぁはぁ…と息を荒げながら、自転車は丸投げて。

 不思議でもなんでもないことだが、いくら都心でも午前2時の住宅街は電灯だけしか起きていない。

 本当に苦しくて苦しくて、手足は他人のオモチャみたいに止まってしまった。

 あーあー…。って思った。

 不思議なことにこの奇妙な敗北感は、生命の死を感じるときに、うっすらと気持ちよくなっている。

 生きていると、たくさんの嫌なことや修羅場はたくさん起きるだろう。 

 と同時に、生きていると、たくさんの楽しいことや天国なこともたくさん起きるだろう。

 それらがグッチャに頭の中でこんがらがって、路上で倒れる僕の頭の中で絶望と希望がフラッシュバックした。

 走馬灯?いや、違う。現実に今まで僕だけが体験した僕だけのリアリティー、過去の現実だ。それらは単純に白黒つけられなくて。ない混ぜの7色パレットで。わぁ〜って口角を上げて、頭ん中の追憶を綿菓子食べるガキみたいに楽しんじゃった。トゲがあるのに、甘いぞ。

 辛くて辛くて死にそうになることは何度だってある。

 だけど、どこかでうっすらと笑ってんだ。

 死にそうになるくらい追い込まれたときに、片足が全く動かない絶望に直面したときに、どうしたかいつでも、今までの人生のことを振り返ってしまう。んで、クスリと笑ってしまう。

 そうか。

 あーあー…。

 結局のところ…、こんなにこんなに頑張っているのにも関わらず、人はくだらないことで、足を引っこ抜かれる。誰のせいでも自分のせいでもない。そんなもんだよ。

 だけど、絶望を感じて、終わりを感じたときに、どうしてか過去の歩みをフラッシュバックせざるおえない。

 そのとき、片足は動かなくても。…。……………………。

 どうしてか、こんなに命がもうすぐ終わろうとしているのに、口元はニヒニヒと笑っているんだ。

 最近、ニヒリズム、現実なんて絶望だらけだという質問のやっかみはしつこいし、古田は才能があるのだから…という方向で処理されてしまう。

 だけど。

 僕もできないことだらけだ…。

 そして、何度も死にそうな面にもあってきたし、今度もゼッ〜タイに‼️起きるだろう!

 だけど。それでも、最後まで笑っているんだ。過去の歴史を裏切らないために。自分が自分であることに弱さを含めて誇りを持つために。

 ああ…。よくまあ…生き抜いてきたもんだよ。はは。

 人はきっと終わって完成する。

まあまだ終わりを面白くしたいよね。だからこそ…、

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