同じ論客の本ばかり読んでいても成長できない理由

少し前のブログで、私は中野剛志の読者(というより信者)を批判したが、あの時に述べたことは中野に限らず全ての学者や評論家に当てはまる。中野の場合は、本人のスペックが高すぎて、読者の視野狭窄と思考停止を招く傾向が強いというだけだ。
そもそも、同じ論客の本ばかり読むこと自体が、無益どころか有害ですらある。その理由を、以下に述べよう。

まず、なんらかの主張で有名になった論客は、基本的に同じことを繰り返し伝える傾向が強い。
例えば、中野剛志や三橋貴明は、日本社会の諸問題に関してデフレや緊縮財政が原因だと主張している。しかし、そうした主張がある程度正しくても、彼らの主張ばかり読んでいれば、彼らの劣化コピーにしかなれないだろう。
基本的に、社会の問題には複合的な原因が存在し、それを解き明かすためには様々な道具を使う必要がある。

また、社会問題に対してシンプルな理屈で答えや解決策を導く論客は、確かに魅力的だが、その魅力ゆえに言論というよりも信者ビジネスに陥りやすい。
そして、そうした論客の信者が集まると厄介なコミュニティが出来上がる。端的に言って、そうした信者コミュニティは、ほぼ確実にエコーチェンバーになるだろう。Twitterの反緊縮界隈は、まさにそうしたコミュニティだ。自分たちの存在感や声の大きさを過大評価し、現実が見えなくなっている。
こうなってしまえば、信者たちの視野狭窄は治しようがない。諦めよう。

以上の理由から、私は特定の論客ばかりを追いかける人に否定的である。
したがって、いくら熱心なカオスフォレストのファンであっても、安易に「答え」を求める人の期待には、応じられないし応じる気もない。

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