新世代の「保守思想」を確立せよ〜安易な国家主義に陥らないために〜

保守思想は、しっかり読まないと誤解しやすい。

具体的に言えば、単なる理性懐疑主義や反設計主義にまで単純化されかねないのだ。
こうした誤解は、反左翼・反合理主義の文脈(フランス革命時のバーク)から保守思想が登場したことにも起因しているが、それ自体は歴史なので変えようがない。

むしろ、真に必要なのは、新世代の保守思想家(と言っても、私ぐらいしかいないが)が、何を「保守」するのか示すことだろう。

「国家を守る」と言うことは簡単だが、ここにも注意すべき点がある。守るべき「国家」の定義だ。例えば、ベタな国家主義がダメなのは、その多くが国家主義というよりも政府主義に陥ってるところが原因だろう。政府というのは、国ごとに存在する「国体」の外装に過ぎず、それ自体を守ろうというのは本末転倒もいいところだ。
そして、国家を構成する大部分は、民衆である。民衆が安定した生活を送れなければ、国家の安寧が保たれているとは言えまい。よって、経世済民(世を治め、民を救うこと)の達成も保守の必須条件だ。
つまり、国家を守るとは、①国家の本質たる国体、②国家の大部分である民衆、の両方を守ることを意味する。

旧来の極左勢力が保守にとって敵であるのは、彼らが国体の敵だからだ。これ自体は、自称保守のアホでも分かる。しかし、民衆を守る上では、共産主義のみならず資本主義も敵になりうる。新自由主義やグローバル資本主義などは、その典型だ。

戦前や冷戦時代の日本にとって主な敵は、ソ連に代表される共産主義陣営だったものの、共産主義に対抗する文脈で資本主義を擁護しているうちに、保守=資本主義絶対擁護という図式が定着してしまった。
この図式を超克せねば、日本のみならず世界の保守は存立基盤を失うだろう。今こそ、新世代の保守思想を確立・定着させなければならない。

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