ロルフの映画批評「金日成のパレード」 〜プロパガンダから垣間見えるもの〜

昨日、「金日成のパレード」という映画を見ました。(予告編はこちら)
あらかじめ結論を言っておくと、本当に気が滅入る作品でした(笑)
1時間にわたって、金日成時代の北朝鮮で流れていたプロパガンダを見るというのは、それなりにキツイものがあります。

この映画は、1988年に北朝鮮の建国40周年記念式典を撮影した、ポーランドのテレビ局スタッフによって作られたものです。北側の流すプロパガンダに手を加えず、そのまま流しているのが特徴的でした。

そのせい(おかげ?)で、観ててひたすら気が滅入る内容に仕上がっています。
何がそんなに気が滅入るかと言うと、プロパガンダが質・量ともに過剰なことでしょうね。
タイトルにもある通り、金日成を讃えるパレードの映像がたびたび流れるのですが、参加してる民衆があまりにも多く、桁違いのスケールでした。
また、北の人々が、金日成と金正日の名前を呼ぶ際に、いちいち「偉大なる首領金日成同志」と「親愛なる指導者金正日同志」という呼称を使っていたところにも過剰さを感じました。

こんな感じで、圧倒的な規模で金親子を賛美するプロパガンダが1時間ほど続きます。DVD版では1時間で済みましたが、ビデオ版はもっと長いそうです。想像するのも怖いですね。
ただ、そうしたプロパガンダをじっくり見ていると、「プロパガンダの役割とは何か」を考えるきっかけになりました。
確かに、特定の体制を賛美するプロパガンダは、民衆に忠誠心を、植え付けるためにも使われるでしょう。しかし、北朝鮮のそれは、あまりにも過剰すぎます。見てると非常に疲れる代物です。
これだけ過剰なプロパガンダは、忠誠心を植え付けるというより、正常な判断力を奪うという面で役立つでしょう。むしろ、そう考えないと納得できません。

DVD版には、「北朝鮮・素顔の人々」という映像も収められていましたが、「金日成のパレード」を観た後にこちらを観ると、さらに絶望的な気分になります。
ただ、どちらの映像も、歴史学やジャーナリズムの観点からは間違いなく価値があるものでしょう。
北朝鮮の一般的なイメージは、体制賛美のパレードに近いものかもしれません。しかし、そうした体制の下でも等身大の人間が大勢暮らしているという現実を分かっておかないと、北朝鮮問題に向き合うことはできないと思います。

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