民主主義の“運転”

おはようございます。ロルフです。
久々のブログ更新になりますが、最近思っていたことを書き連ねようかと思います。

このブログを書いてる時点では、大阪市廃止構想の住民投票や米国の大統領選が近づいており、改めて民主主義の危うさを感じる次第です。
というのも、ここ10年ほどの日本はまさに民主主義のバグが繰り返されてきたからです。

マニフェスト詐欺の民主党を政権に就かせたり、安倍自民党の二度にわたる消費税増税を止められなったりと、我が国は民主的に選ばれたリーダーによって破壊され続けています。
こんなことを書くと、「じゃあ独裁政治でいいのか!?」と吹き上がる人もいるかもしれませんが、そんなことは私とて望んでおりません。
菅義偉に国家の全権力を渡すなど悪夢ですし、天皇陛下に政治責任を負わせるわけにはいきません。

かと言って、有権者全体に政治の知識を身につけさせるというのも無理筋でしょう。私自身、国防、インフラ、人口動態などには高い関心を持っていますが、福祉や教育などの政策には疎いですし、普通の人が政治について毎日勉強するなど非現実的です。

ただ、民主主義をまともに機能させる方法が一つあるとすれば、「民主主義の結果」に対する懐疑を持ち続けることでしょう。
これは単純な話で、民主主義的なプロセス(選挙など)は尊重する必要はあっても、それによる結果を信頼しすぎるのは危険だということです。

この話は、自動車の運転に例えればよく分かります。わざと通行人を轢こうとしたり、居眠り運転をしたりすれば、高い確率で事故は起きます。ただし、交通ルールや運転方法を守って運転したとしても、偶然や不幸が重なって事故が起きるリスクは誰しも自覚しているでしょう。

民主主義も同じで、正当な手続きを踏んで成立した政権であっても、事故を起こすことはありえます。マスコミやインターネットが普及した現代であれば、「作られた世論」が暴走する危険もあります。
したがって、民主主義の運転手たる国民に必要なのは、「事故を起こす可能性」を自覚し続けることではないでしょうか。少なくとも私は、小難しい知識を詰め込むよりも、そうした自覚を本能レベルで持つことの方が、よっぽど重要だと考えております。

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