リベラルは単なる神経病患者。

 表面上の言葉や経歴にはさほど意味はなくて、その人が本当は何を思っているかが大事だ。

 カオスフォレストの経営を2年やっている間にメンバーは移り変わり、評論という性質上、たくさんの読者視聴者を見てきたが、

 彼らの表面上の言葉に一切惑わされなくなった。

 特に厄介なのは、高学歴文系の左翼である。彼らは表面上は難しい哲学や経済学のジャーゴンを惑い、自分は優しい人間という前置きをした上で、ひたすら私を論破しよう論破しようと細部までネチネチ追求してくる。

 こういった方々には、正しい話しを話してもムダであり、勝ち負けを越えて話しましょうだとか、貴方は本当は怒っているだけでしょう?とかを追求するだけになる。

 身も蓋もないが、左翼知識人そしてフォロワーの大半がこの類であり、正しいか賢いかはどうでもよくて、ただカッコよければいいのだ。

 だから、むしろ、しっかりと大学院へ行こうだとか、東大で学者になりたい!みたいな純粋君は居場所があまりないんじゃあないかと思っている。

 むしろ、したたかな人間、悪意のある人間、自分にだけ甘い弱い人間の方がアカデミックでは成功する。特に文系は。

 この点、マホル隊炎上時に、私へ文句を言ってきた子供たちは立派だった。確かにただ嫌い!シネ!とか言い切るだけだが、清々しい。誤魔化し抜きに、私と対峙した。

 しかし、町山智浩や東大王の類は、ネチネチ聞いてもいないのに自分たちは正しくカッコよいという演説をみにまとい、反論のための反論をしてくる。まさに霞ヶ関文学。

 学問が難しいだとかは、100%ウソで、問題は、大半の人間にとって真実はみたくないだけだ。

 むしろ、政治的バイアスのない学問の方があり得なくて、むしろ政治的バイアスとどう対峙するかの方が大切だ。

 もっと厳密に言えば、安倍叩きに邁進し、日夜頭をカッカっイライラさせて、自分たちの美しさに自惚れている彼らは精神病、神経症に近いだろう。

 言葉は凄みを一見させるが、内実はただの神経症。大半の人はソッと無視するべきだし、彼らのクレームに一切屈指なわないべきだ。彼らには中身なぞないからである。

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