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くだらない印象論には、あえて真面目な印象論、クリティカル・シーンをぶつけたい。
気晴らしに昔から集う温泉へ足を運んだのだが、カラスが鳴いていないほど、シーンとしていた。食堂のテレビから流れるゴシップだけが辺りを震撼させる。
風景も変わってしまった。至るところに、除菌が置いてあり、サーモグラフィじみたヤツでナニやら喰える豚かどうか検査される始末。
悲しいのは、経営者の必死さ。苦労がひしひしと伝わってくる。今までのサービスは半分以上消され、無駄の排除。そしてぼやかすが、訳のわからぬサービス、まあコスト削減を狙った貧乏臭いサービスが展開されている。
コロナ自粛は、かなり経済成長を落としているのに、まったく話題にもならない。
確かに人命は大事だし、難しいことは考えたくない!という東大王信者の意見も気持ちは痛いくらい分かる。つーか、おいらは本当はそっち側。
だけど、究極の選択というか、コロナ自粛は、他者を犠牲に、未来を犠牲にしていることは分かってほしい。おれは大好きな温泉が潰れたら困る、楽しさ優先からも安易なコロナ自粛に反対している。
遊びもふざけて遊ぶために、真面目に考えないとあかんこともある。
子供であるためにも、大人を1度はやらんとあかん。