このふざけた時代に帝国憲法を読み直す④〜戦前民主主義の興隆〜

第1回
第2回
第3回

前回までは帝国憲法の条文を読み解いていたが、今回は帝国議会の歴史について話そう。

そもそも、明治政府が憲法制定を始めたきっかけは、明治初期に盛り上がった自由民権運動がきっかけだった。この運動は、政府に対して憲法制定や国会開設を要求したものであり、帝国議会が開設されると、自由民権運動に参加した者の中から多くの議員が誕生した。それと同時に、様々な政党が議会に進出し、日本における議会制民主主義の歴史が始まった。

もっとも、当時の帝国議会は現在とは異なり、全ての議員が選挙で選ばれるわけではなかった。現代の国会は衆議院と参議院で構成されており、どちらも20歳以上の国民による選挙で議員が選ばれる。一方、帝国議会は衆議院と貴族院で構成されていたものの、貴族院議員は華族や政府によって選ばれた者が務めていた。その上、衆議院の選挙権も当初は高額納税者に限定されていたので、実際に政治に関われた国民は極めて少なかった。

ただし、こうした状況が徐々に改善されていったことも事実だ。例えば、1890年の時点で衆議院の選挙権を持っていたのは、15円以上(当時の物価ではかなりの高額)を納税した25歳以上の男性だけだったが、この基準は1900年には10円に、1919年には3円に引き下げられ、1925年には25歳以上の男子全員に選挙権が与えられた。

こうして有権者の層が広がるにつれて、議会で多数派を占めた政党が内閣を組織する「政党政治」を求める気運が高まり、大正デモクラシーへと繋がっていく。

参考文献
村瀬信一・著『帝国議会 〈戦前民主主義〉の五七年』講談社, 2015年.

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